愛の重さ船戸崇史
・・・・・謹賀新世紀・・・・・「人の生命は地球よりも重い」といいます。では、愛には重さがあるのでしょうか? 過日、外来でまさに「愛の重さ」を実感させられるような出来事がありました。これがまさに新世紀の象徴となることを感じましたので、祈り心を添えて今回はそれを紹介しましょうね。 Yさん 体がだるく、眠れない。食欲がなく、昼間もふらついて真っすぐ歩けない。「つらい、しんどい・・・」といって、Yさんは外来にこられました。Yさんは、65才の女性で、6年前、脳梗塞のご主人を7年も介護して見送られる際に在宅医療で関わらせて頂いてからの付き合いです。もとより線の細い、でも何事も折り目の正しい方ですが、糖尿病に胆石症、高血圧症に高脂血症という現代病とも付き合っておられました。ご主人を亡くされて一人住まいでしたが、最近は体調を建てなおされ、すこぶる好調な様子は、外来の声色で推察されました。 しかし、ある日、この人の生活に大きな変化が訪れました。体調がすぐれなくなったのはそれからでした。 Yさんの弟 Yさんには弟さんがおいでになり、岐阜市で一人住まいでした。木彫りの人形を彫って何とか生計を立てておられましたが、昨年直腸癌で公立病院で手術をし、人工肛門を付けて退院されました。しかも、腫瘍は全て取りきれず、余命○ヵ月という期限付きの退院だったのです。同時に抗癌剤の副作用の為か、食欲もなく体重も減り、生きる意欲も消失しておいででした。当然一人では生活できず、行き先に困った弟さんはお姉さんが生活する養老へ引っ越してこられたのでした。 養老へ引っ越されてから間もなく、弟さんに不思議なことが起こってきました。 腹水によって食べるものも十分には取れず、生きがいも無くしていた弟さんが、なぜかにわかに元気になってこられたのです。腹水も減り、食欲も出てきました。顔色も声色も元気さを取り戻してきたのです。しかし、それに伴って、お姉さんは徐々に元気が無くなりました。そして、冒頭の「つらい、しんどい・・・」が、始まり当院を受診したのでした。 外来で何度か点滴をしながら、情況が分かるにしたがって、私は、このしんどさが弟さんを支えていると直感しました。そしてある日Yさんに話しました。 愛の重さ 「Yさんがしんどくなるのは当然だと思いますよ・・・。それはねYさんがしんどくなったのは弟さんが来られてからですよね?・・それまであんなに元気だった・・・。弟さんのことが不憫で、姉として何をしてきたんだろうって・・、小さい頃からの弟さんの姿が走馬灯のように脳裏をよぎって、今の癌の末期といわれる姿とのギャップが悲しく涙ぐまれていたですよね・・。余り時間がないなら、せめて何とか自分で出来ることはしてあげたい・・。少しでも長生きしてくれたら・・・と。もとより、Yさんはご主人の長い闘病生活から介護のプロですから、末期でしんどい思いの弟さんの体や精神状態までもがよく解ったんですね。次にどうしたら良いかが分かってしまう・・。それが弟さんにとっての励ましや適切な環境に結びついたけれど、それからですよね、自分自身がしんどくなり始めたのが・・。でも同じ頃から、逆に末期といわれ、何の楽しみも生きがいも無くなった弟さんが、見違えるようにお元気になられたでしょう。これはね奇跡ですよ。普通はありえない。きっとYさんが弟さんを支え、その分Yさんはしんどいけれど弟さんは楽になったんだと思いますね。Yさんが弟さんを思いやった分が、弟さんを支えた重さ。これこそ愛の重さですよね・・。あなたのしんどさがあなたの愛の深さですよ・・。」 愛を動機とする世紀 なんと不思議なことに、この日の翌日からYさん自身までもが変わって行かれました。しんどい、疲れたと毎日点滴に来ておいでだった人が点滴に来られなくなりました。その1週間後、外来にこられたYさんは別人のようでした。何といっても視線が違う。先日までの逃げ道なんか探していない。引き受けるという覚悟の眼差しを感じました。何ということでしょうか?「人の生命を支える」・・・考えただけでその重みに押し潰されそうになるのは当然でしょう。人の生命は地球より重いのですから・・。にもかかわらず、敢えて、それを引き受けようと覚悟できるのは何故でしょうか?これは、まさに兄弟への「愛」故。愛は、人の生命を支え、支える自らをも支える。 皆さん如何でしょうか?今、まさに皆さんのまわりに病気や不幸の人があって、あなた自身が心を痛めているとしたら、それこそは「愛」の証です。あなたがつらい分、その人は確実に軽くなり、楽になるのです。あなたの苦しみ(思いやり)が重ければ重いほど、あなたの「愛」は深いものです。ですから、「どうしてさしあげられるのか」を大いに悩んでください。「愛」を第1の動機とした生き方は、決して楽ではないかもしれない。それは愛する人の苦しみを背負うのだから。でもその分その愛によって自分自身も支えられるのですから。 今も、末期の弟さんはYさんの愛に支えられて元気に生きておいでです。 新世紀を迎えるにあたって、「愛」を第1の動機とする世界となりますように。 |