ただ、「ゆかちゃんに痛いことをしているんじゃないか?」という質問は、気管切開部の処置や入浴時の硬縮した手足の屈伸などにご家族が痛みを感じておられたのだと思います。
私は、必要な処置は必要であり、これを怠ることによって、後により辛い状況が想定されると判断した時には、強引と思われるほどに「大丈夫です。痛くありませんから」とお話しました。処置やリハビリは時に同情を嫌うからです。「ゆかちゃんが痛かろう」は、同情であって、明らかな医学的根拠の前では愛情ではないからです。
平成17年になってから、ゆかちゃんは徐々にむくみが強くなってゆきました。伴って、人工呼吸器のアラームが良く鳴るようになったのです。月一回市民病院へ通院して撮られえたレントゲンからも、強制換気による肺高血圧による変化が強くなっていました。肺が硬くなっているのです。仕方のない現実でしたが、間違いなく終わりが近づいている現実でもありました。
2月23日、外来診療が終わってから、私たちはご家族をお呼びして、ゆかちゃんの現状と今後の見通しや心構えについて面談しました。
カルテの記載から・・
医師:「ゆかちゃんの急変やダウンヒル(悪化)はあることを了解の上、ゆかちゃんの存在意味や看取りについて考えた。無論答えは出ないが皆で考えた・・・」
母親:「家族皆で暮らしたかった・・・。やっと暮らせるようになった・・。ゆかちゃんのお陰です・・・でも、最期は・・・家で逝かせてやりたいです・・・」
父親:「ゆかちゃんのメッセージを一生懸命考えるけど、何か分かりません。治る可能性があるのなら入院もいいのではと考えています・・・・」
その後も、一進一退が続く中、明らかにゆかちゃんのむくみは悪化し尿量も減少傾向となりました。ご家族からの電話による確認も頻繁となり、家族の疲労も徐々に辛いものへとなってゆかれました。
本当に迷ったら
そんな中、4月7日夜お母さんから電話が入りました。
母:「本当はゆかは、入院したいと言ってるんじゃないでしょうか?」
すこしでも、楽にしてあげたいという気持ちは良く分かりましたし、あまりにアラームが鳴るのも忍びなかったのでしょう。しかし当初より出来るだけ家にいたいと願っておられることに変わりなく、入院したからといって楽になるはずもないほどに病状は進んでいるわけです。私は答えました。
私:「そういう時は、ゆかちゃんへ聞いてみてください。『入院したい?』って。如何ですか?今、ゆかちゃんは何て言ってますか?考えずに感じてみてくださいね」
母:「・・・家に居たいって・・・・でも・・・」
私:「そうですね。私もそう思います。お母さん、疲れですよ。勿論、入院はOKです。無理は駄目です。どうしても分からない時には本人へ聞いてくださいね。そして答えを感じるのです。答えはきっと返ってきます。いいですか・・・・」
本当のところ、私自身は、こうして「本当に迷った時」には、どちらでもいいと思っています。どちらの選択も、「良い所半分、悪い所半分」だからです。大切なのは決意であり、医療者がそれを促すきっかけつくりをして差し上げることが大切であると思っています。
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