コラム

認知症に関する今回の基礎データは日本医師会介護保険委員会主催の平成23年度認知症サポート医養成講座の教材として使用された独立行政法人国立長寿医療研究センターの「認知症サポート医療研修テキスト」からの引用です。


「認知症の最前線」その1

船戸崇史

私は認知症の専門医ではありませんが、過日、認知症サポート医の研修を受けて参りましたので、「認知症の最前線」をテーマにご紹介したく思います。

在宅医療を行う中で、避けては通れないのが「認知症」の問題ですね。
今回から2回に亘ってこの認知症をテーマにお話しいたしましょう。

今回は、ちょっと硬いお話しで恐縮ですが、認知症についての基礎知識をお話ししようと思います。(データばっかりで恐縮ですが、基礎とはそんなものですね・・予めお断り)
スライド画像にコメント形式で進めますので、まずは認知症のイロハを共に学びましょう。

さて、今月号はまず最初に「認知症とは何か?」のお話です。
認知症の定義から症状、タイプ、鑑別すべき病態などを説明し、最後に現在の日本の認知症の背景をお話しいたしましょう。




まずは認知症のテスト

この表から始めましょう。これは、初期の認知症を発見する為にオランダの医師達で作成された初期認知症観察リスト(OLD)です。

まず、ご自分が気になる方にこれら項目を当てはめてみてください。12項目ある中で、4項目以上該当する場合は、認知症を疑うとされています。
如何ですか?














認知症とは?

では、そもそも「認知症」とは何でしょうか。

それがこのスライドです。まず「記憶障害」だけではなく、「判断力の障害や計画・段取りを立てられない」+「意識障害がない」に加えて、社会生活や対人関係に支障がある場合で、さらにうつ病などを除外できた場合に認知症と診断されます。 この辺がただの物忘れとは違う所です。(加齢に伴う物忘れとの違いは後述)しかし、軽度の認知症は、この全ての段階で症状が軽微なので見逃されやすいんですね。重要な事は、認知症は改善(治癒)する薬はなく、あるのは進行抑制の薬である(しかない)為に、少しでも早い軽症なうちに進行予防薬を始める事が重要なんです。 (でも、軽度の認知症はなかなか確定診断が難しいというジレンマがあるんですね・・・)




認知症の症状

認知症の症状を見てみましょう。認知症は中核症状と周辺症状(BPSD :Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia 認知症の行動心理症状)とに分けられます。 中核症状とは記憶障害だけではなく、判断や見当識(ここはどこ?あなたはだれ?今日はいつ?)また、着替えの手順やお風呂の入り方など忘れてしまうのです。周辺症状とは、その結果気分がうつ的になったり、興奮、暴言、暴行、妄想(被害妄想が多い)睡眠障害から徘徊まで様々な問題症状をいいます。 中核症状を予防できる薬は今の所、塩酸ドネぺジルなど数種類に限られますが、周辺症状は対応する薬はあります。しかし、周辺症状は症状の強さにより専門医療機関への受診が必要な場合もあります。(周辺症状が強いケースは、在宅医療は困難)




認知症の日常生活変化

これは、認知症に家族が最初に気がついた日常生活の変化です。ただ単に「物忘れ」だけではない症状ですね。勿論物忘れもありますが、「ひどい物忘れ」の場合は注意が必要です。













MCI?

MCIという言葉も使われるようになってきました。直訳すれば、軽度の認知障害となるでしょう。 このMCIは10%が将来的に本当の認知症へと進展する病態を言います。でも、所謂「ただの物忘れ」との鑑別は難しいですね。 ですから、一見物忘れもあまり神経質になる必要はありませんが、注意は必要だと言えます。今の所MCIであると確定診断する事は困難であるとも言えます。














最初の相談相手

実際私達は、認知症か?と思った時に誰に相談するのでしょうか? このスライドは実に6割近くが誰にも相談していない事を示しています。なぜ相談できないかは、次のスライドにあるとおりです。

相談する場合は、配偶者や家族・親族・友人であり、かかりつけ医などはその後である事が分かりました。つまり、今この通信を読んでいる皆さんこそが最初の相談者(受ける側)になるかもしれないと言う訳ですね。 ですから、より認知症が何かを知っておいて頂けると有難いと言う訳ですね。分かれば分かるほど不安は無くなりますから、誰か当事者がいると真剣に学びますが、当事者が近すぎると不安が大きく客観的な判断が困難になりますね。 だから、今のうちに認知症を学んでおきましょうね。






受診をためらう理由

さて、先のスライドでの「受診をためらう理由」です。決してアンケートを取るまでなく、自分自身で考えれば十分想定できる内容ですね。 再三出てきますが、認知症は現在治す薬はなく、進行抑制しか出来ない以上、早期発見早期診断が重要。だから、受診のためらいは、思いの他認知症治療(進行予防)の重要な阻害因子だと言えますね。 どうか、この事はとても重要ですから、疑ったら一度は医療機関を受診する事をお勧めします。

ただし、最初から「認知症医療センター」(最後のスライド参照)を受診されては、センターもパンクしますので、最初はかかりつけ医でご相談くださいね。 かかりつけ医がいない、もしくは専門外の場合は、その地域に必ず認知症サポート医がいるはずですので、地域包括支援センターで確認してみてくださいね。



物忘れと認知症の違い

このスライドは、「加齢に伴う物忘れ」と「認知症による物忘れ」の違いです。体験の一部と全体とは、例えば、朝食の食べた一品が出てこないのが「一部」で、朝食を食べたこと自体の全てを忘れるのが「全体」です。 前者が単なる物忘れ、後者が認知症の可能性となります。コンビニでの買い物でも、「買ってくる品物の一部を忘れる」か、「コンビニへ行ったこと自体を忘れる」かも同じ関係ですね。 二段目の記憶障害だけでなく、判断や実行機能にも障害がある。三段目の自覚が乏しい。四段目の、探し物などは人のせいにするなどの「被害妄想的である」。六段目の取り繕いをする。そしてゆっくり進行して行くのが認知症だと言えます。




早期発見・対応の意義

このスライドは認知症の早期発見・対応の意義です。

認知症状を呈する疾患の中には、他の病気の為に認知症状を呈している場合があります。これは、その原疾患を治すと認知症状も消失します。こうした認知症は治療で治る認知症です。 アルツハイマー型認知症は、今の段階では治りません。その結果、塩酸ドネペジルなど進行抑制しか出来ない事は再三書いてきましたが、後述する疾患群は、認知症状を来しているだけなので原疾患を治せば自ずと治る事になります。 アルツハイマーなど治らない場合でも、早期に本人へ注意深く伝えることで、ご本人が今後どうしたいかの自己判断を家族などと相談できると言うメリットがあります。相談されたからこそ、(告知を受けたからこそ)次なる社会資源の活用に向けた動き(自己決定)も出来ることになると言う訳です(告知の法的根拠)。




アルツハイマー認知症へのドネペジルの効果

このスライドは、アルツハイマー治療薬の塩酸ドネペジル(アリセプト)の投与における症状の経過が分かり易く図示されています。

薬の投与で、一次的に進行は予防されますが、いずれゆっくりと進行はします。しかし、途中で中止すると時に急速に悪化する事もあると言われており、年余に亘る継続投与が重要です。

基本的に、塩酸ドネペジルは、吐き気などの消化器症状を来す場合が3%ほどあると言われております。その予防のために、最初は3mg(1~2週間)→5mgと漸増するのが一般的です。 5mgで効果不十分な場合は、一か月以上5mg投与後に10mgへのアップも保険的に認められます。時に副作用で5→3、または隔日に5mg投与も効果はあるようですが、現在保険で認められず、結果的に中止となる場合もあるかもしれませんが、出来るだけ長期にわたって服用する事が勧められます。 最近、コリンエステラーゼ阻害薬として塩酸ドネペジルのほかに、ガランタミン(商品名レミニール)、リバスチグミン(商品名イクセロンパッチ)が、またNMDA受容体拮抗薬として塩酸メマンチン(商品名メマリー)など、4種類の認知症薬が承認され発売されております。今後の効果が期待されていますが、未だ根治薬は登場しておりません。

ですから、より早期からの服薬(進行抑制)がより大事であると言う事ですね。




認知症を来す主要な疾患

次は、認知症状を来す主な疾患群です。認知症と言うと、兎角アルツハイマーが有名になっていますが、それだけではありません。 上段の疾患群は根治が困難な疾患群です。また、下段の疾患群は、治療にて治癒する(根治可能)病気群です。 認知症状が生じた時に下段の疾患群なら治癒する訳ですから、早期の医療機関への受診が必要です(詳細は次回号に譲ります)。













認知症と間違えられ易い状態

さて、認知症の症状と紛らわしい症状を来す病態があります。それが右の表ですが、
・加齢に伴う物忘れ(前出)
・うつ病
・せん妄
の3つです。
いずれも認知症とよく似た症状を来しますが、うつやせん妄が認知症の症状として表出される事もあるので、注意が必要です。






うつ状態との鑑別

まず、基本的にうつと認知症の違いは、うつは電池切れの状態と言われ、認知症は電池はあるもスイッチが上手く入らない状態に例えられます。

うつの特徴はスライドの如く何らかの契機があり、症状を強調し、典型的には自責的、自罰的であることなどが特徴的であると言われます。
一方、認知症は、まず発症が緩徐で、施行内容も他罰的であるために被害妄想として発展しやすく、取り繕いも見られる事が特徴的と言われます。
しかし、うつ状態が認知症の危険因子にもなるので注意が必要です。

(ADL=日常生活動作)





せん妄との鑑別

せん妄は発症が急である事が特徴で、夜間に増悪する事が多く「夜間せん妄」と言われます。

また持続時間も1週間以内と短期間である事が特徴です。
せん妄の三大徴候とは、1.意識障害 2.幻視 3.運動不穏ですが、必ずしも3つともそろうとは限りません。

一方認知症は、発症が緩徐で意識障害はなく、記憶力が低下しますが、錯覚や幻覚、妄想などは原則見られません。症状の持続的です。

さあ、今回は認知症に関しての基礎知識を色々な切り口で学んできました。次回は、認知症の治療法、予防法などについてご紹介しましょうね。



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以下に、現在の日本における認知症を取り巻く背景についてまとめてあります。
間違いなく、これからは認知症は増えます。そうした状況をデータで見てみましょう。

認知症の背景

この表を見るには用語の説明が要りますね。「認知症高齢者の日常生活自立度(以下、認知症自立度)」とは日常生活にどの程度の支援や介護が必要になるかを評価する尺度です。 Ⅱとは「認知症が原因で、独りでの生活に支障をきたす症状・行動がある場合で誰かに介護してもらわなければいけない状態」です。 2000年に介護保険法が導入されて全国自治体(または広域)で、認定調査が開始されたので、この数字は信憑性があります。 それによると、2002年で認知症自立度Ⅱ以上が149万人です。

今後、この数字はどんどん増えますが、老齢者人口が増えますので当然かもしれません。 でも、この要介護Ⅱというのは一つの目安に過ぎません。軽度の認知症も加えると、2008年には、高齢者の14%(約400万人)とも言われています。





認知症患者数の年次推移

認知症はアルツハイマー型が有名ですが、アルツハイマー型認知症は一つの型に過ぎません。

今後の予測としては、血管性認知症よりも頻度が増えると予測されています。 これは、脳血管性認知症は、基礎疾患として高血圧症、脂質異常症など血管障害が原因で、現行の内科的な治療が結果的に認知症を予防していると言う背景があると思われます。
一方、いまだ原因不明のアルツハイマー型認知症は予防には生活習慣が重要だとは言われていますが直接的治療薬がまだ開発されていない事が大きな要因と思われます。









今後の世帯構成

この表は、厳しい現実を表しています。今後高齢化に伴い、単独世帯や夫婦二人だけの世帯が増えてゆくと言う予測です。その結果、老老介護(老人同士で介護をしあう世帯)や認認介護(認知症の患者同士の介護世帯)が増えてくる事は必至だと考えられています。 2012年現在、この推計からすると、全世帯の約3割が単独世帯またはご高齢の夫婦のみの世帯である事になります。そして、間違いない事はこの数字は今後も右肩上がりに上昇し、先のスライドからも認知症の比率も高くなると言う事です。 問題は介護をする側ですが、少子化率はなかなか改善しません。これは、今後介護保険で要介護者が増える一方で、人口動態的にみても介護をする側(マンパワー、財源とも)は減ってゆくと言えます。これは由々しき問題です。

ですから、今後はよりシステマチックな認知症への対応が必要となります。




認知症への社会対応(連携)

認知症に関しては、H17年度から都道府県が国立長寿医療センターに委託して認知症地域医療支援事業が開始されました。

岐阜県では県下5圏域でそれぞれ、認知症疾患医療センター(西濃地区では大垣病院)が中心となって、認知症の患者さんとかかりつけ医と地域包括支援センターの間を認知症サポート医が仲介して早期に発見、治療に結びつける仕組みが作られました。 この中で認知症疾患医療センターの役割は、「詳細な鑑別診断」「適切な治療方針の決定」「急性精神病の周辺症状への対応」「身体合併症への対応」などです。勿論、西濃周辺では、養南病院、西濃病院、不破の関病院など複数の専門医療機関との連携も重要であり、従来の連携の上に上記仕組みが出来ているという考えが妥当であると思われます。
現在は、認知症と診断されたらこれら病院がオレンジ手帳というパスを発行し、このパスを元に疾病情報の一元化を計る動きが始まっています。問題は個人情報との兼ね合いですが、十分趣旨をご理解頂き是非ご協力を願いしたく思います。

いずれにしても、今後増加の一途を辿る認知症について、私たちはまずしっかりと認知症の知識を持つ事が重要です。 認知症に関わらず何でもそうですが、分かれば分かるほど予防も出来るからです。次に重要な事は早期発見早期治療です。 ただし、認知症に関しては未だに根治薬はありません。しかし、進行を予防する薬があるので、出来るだけ早期から服用する事が現段階での治療の基本と言えるということ。 また、今後の認知症への取り組みは、決して認知症(精神科)の専門医だけではなく、かかりつけ医も窓口となるべく、認知症サポート医が繋ぎながら、相互に連携した診療体制構築が目下の急務と言えます。 今、それが行われつつあるのが現状です。

(次回は、認知症の方や治療法、予防法、地域連携についてお話しする予定です)