JunJun先生の第18回 Jun環器講座 長寿の秘訣?⑥(最終回)船戸クリニック 循環器内科 中川 順市
質の良い長生きのためには、肥満の改善が重要な鍵の一つであり、その為の基本はあくまで適切な食事療法・運動療法ですが、もし、肥満そのものに対して直接効果が期待できる、さらに言えば食事・運動療法に必ずしも依存することなく脂肪細胞が痩せ、体重が減り、見た目・内面両者の健康が得られるような薬があれば、なおのこと良いのですが、残念ながらその様な都合の良いものは今まで無いに等しい状況でした。 しかし、なんとこの半年以内に、私見も含みますが、その作用機序(薬の働き方)から “これは明らかに肥満に直接効くのではないか” と思われる薬が2種類、国内で上市される予定があります。しかも患者さんの病状や状況に応じて保険適応もあるというのです。 まず、そのひとつは「SGLT2阻害薬」といわれる薬です。これは糖尿病治療を目的にした薬なのですが、その作用を簡単に言うと “血液中の糖分(血糖)が過剰であれば尿から出して捨ててしまおう” という薬です。即ち、 “沢山食べて血液の中に糖分がいっぱい入ってきても、そのそばから腎臓を介して尿から糖分をある程度出してしまう薬” なので血糖値が高くなるのを防ぐことができるのです。 今までの糖尿病治療薬の基本は、たとえ血糖が過剰でも “せっかく身体に、しかも血液の中にまで取り込んだものなので責任をもってなんとか身体に利用させよう、或いは他のエネルギーに変換させて減らそう” と手間をかけるか、そんなことなら “身体(血液)に入る前に糖(ブドウ糖)をブロックしよう” という発想に基づいていました。買い物に喩えれば “買ったものは責任をもって自分で使いきるか必要としている人にあげる、有効に使えないのであれば余分なものは買わない” ということであり、食事・運動・薬物療法に関わらずこのような考えが糖尿病治療の本道でした。しかし、この新薬は “自分で取り込んだものでも処理しきれないものは外に捨ててしまえばよい” という発想の薬です。しかも、今まで “出ると悪い”と言われ、「糖尿病」の名の由来でもある“尿糖” をあえて出すという過去の常識から逸脱した状況を作り出す為、尿検査においても尿糖が常に陽性となり意味を成さなくなることから、本道を極めた糖尿病専門医の中にはこれを邪道と呼ぶ人もいるくらいです。 話を戻しますが、糖分は肥満のもととして有名ですね。糖分を沢山摂り血糖が過剰になるとインスリンというホルモンの分泌が増え、余剰分を脂質(中性脂肪)に変換し内臓脂肪として身体に蓄積させてでも血糖を下げようとするので “太る” というわけです。逆にその “ 血糖を脂肪になる前に捨ててしまうことができたら痩せるのではないか” ということは容易に想像できますよね。実際、この薬が日本に先行して発売された欧米では、体重減少の効果も認められ、肥満を伴う糖尿病患者には最初に処方される率の最も高い薬になっているようです。 もうひとつの薬、「リパーゼ阻害薬」、これは、脂質(中性脂肪)の吸収を抑える目的の薬です。食べ物の脂質はそのままでは腸から吸収されず、膵臓から分泌されるリパーゼと呼ばれる酵素によって脂肪酸とグリセロールに分解されることではじめて腸から血液中に入ることができ再び中性脂肪に合成されますが、この薬はそのリパーゼの働きを抑えることで腸の中での脂質の分解を邪魔して吸収させにくくするというものです。血液中の過剰な脂質(中性脂肪)もまた蓄積されて内臓脂肪になるので、その吸収を邪魔することは内臓肥満を抑制、即ち “痩せる” ということになりますね。吸収されなかった脂質はそのまま便の中に混じり排出されます。この薬もやはり買い物に喩えれば “買っておいてろくに使わず捨てる” ということになり先の薬と発想はなんとなく似ていますね。徳の高い人はやはりこのような薬は邪道であると思われるかもしれません。 …しかし… この2つの薬、その正・邪は別にして、心筋梗塞、脳梗塞など致死的な血管が詰まる病気の “危険性” や “再発の不安” を抱えながら “努力しても従来の薬ではなかなか血糖が下がらない、痩せられない” という患者さんにとっては朗報であることは間違いありません。なぜなら血液中の過剰な糖や脂質は血管を傷めるので、それらが減れば血管が詰まる病気の発症は確実に抑えられるからです。しかも適度に痩せること自体が様々な病気を源から予防することは過去のコラムから皆さんご存知ですよね。そしてこの2つの薬、その解り易い作用からそれ程必要でない人達に “ただ痩せたい” という目的だけでも効果はあり得るでしょう。しかし「SGLT2阻害薬」には “尿に細菌の餌となる糖が増えて膀胱炎になり易い” 、「リパーゼ阻害薬」には “便に脂肪分が増え下痢便になる” という副作用が起こり得るので美容目的の安易な服用はあまり好ましくないことは申し添えておきますね。 |
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