JunJun先生の第23回 Jun環器講座 血をさらさらにする薬(その4:コレステロール・中性脂肪を下げる薬②) 船戸クリニック 循環器内科 中川 順市
前回は、俗に“血液をさらさらにする薬”といわれるもののうち、血液中のドロドロの垢(アカ)のイメージのあるコレステロールや中性脂肪を下げる薬について書きました。元来、心筋梗塞、脳梗塞などの血管の詰まる病気(心血管・脳血管疾患)の危険因子は、高齢(65才以上)、肥満、高血圧、糖尿病、メタボリックシンドローム、喫煙、そして脂質異常症(悪玉コレステロールが高い、善玉コレステロールが少ない、中性脂肪が高い)と言われますが、これらの薬の登場によって、私を含め循環器医は、糖尿病の治療、高血圧の治療、禁煙とこれらを組み合わせることで、患者さんの心血管疾患の危険度を減らす為のより良いお手伝いが出来るようになったことは間違いないでしょう。 しかし日々診療していると、時々、太ってなく、タバコも吸わない、血圧も高くなく、糖尿病でもなく、コレステロールも問題ないという、医療者から見るとお手本のようなデーターの方や、運動や食事、そして薬を飲むことを一生懸命努力することで数値を正常化し、危険因子を取り去った方の中にも心血管・脳血管疾患を起こす人達が少なからずいらっしゃいます。そのような場合、その患者様にとっての誘引として極めて個人的なレベルで生活環境?、性格?やストレス?などを思うこともありますが、しっくり当てはまらない場合が多いのです。 このような症例について、心血管・脳血管疾患の研究者は、「万人に比較的広くあてはまる危険因子(リスクファクター)が上記以外にまだ幾つか残されているのではないか」と考え、それらを“残余リスク”と呼んで日々研究してきました。それに関し興味深い研究結果があるので紹介しますね。 デンマークには、白人と、その自治領のグリーンランドに住むイヌイットという先住民族の二つの文化があります。どちらも肉食中心の民族であるにもかかわらず、1970年代に行われた疫学調査ではイヌイットの方が白人に比べ、心血管疾患による死亡率が有意に低かったのです。そしてさらに、イヌイットではイコサペント酸エチル(EPA)という脂肪酸が血液中に多く含まれていることがわかりました。これには理由があり、EPAは魚の油に多く含まれる成分ですが、イヌイットは肉を食べるといっても、アザラシなど海棲類の肉がほとんどです。 一方で白人は牛、豚などの肉を食べ、海棲類の肉はほとんど食べません。アザラシなどの海棲類はイワシ等の魚を大量に食べるため、その脂肪にもEPAが多く含まれます。したがって同じ肉食中心といっても海棲類の肉を主に食すイヌイットは血液中にEPAが多かったのです。これらの疫学調査から、EPAを多く摂取することにより心血管疾患を予防できることが示唆されました。しかし、イヌイットと同様の効果を期待するには1日約2gのEPAを摂取する必要があり、これはイワシ10匹分に相当します。いくら魚を食べる日本人といってもこれを毎日続けるのは至難の業ですね。そこで、これらに注目した日本の水産会社が1990年頃にEPAの高純度化に成功し、それを日本の製薬メーカーが製剤化しました。EPAに関していったい何がそこまでの効果をもたらすのか、現在もなお解明の途上ですが、当初は、他薬に比べて弱いものの血小板の働きを抑え血液を固まりにくくする効果と中性脂肪を下げる効果を認めたことから、動脈硬化と脂質異常症の薬として保険適応を獲得しました。 さらに1996年~5年間、日本人を対象に既にコレステロールを強力に下げる薬で治療している患者さんに対してEPA製剤を追加した群と追加しなかった群で心血管・脳血管疾患の発症率の差を検討した大規模臨床試験では、EPA製剤を追加した群で有意にその発症および再発を抑制したのです(2005年発表)。これは“コレステロールを強力に下げる薬でも抑えきれない心血管・脳血管疾患の発症・再発を単なる魚の油のEPA製剤がカバーした”ことと、詳細は別にして“魚油の摂取が少ない”という“残余リスク”の存在を世に知らしめた結果となりました。 これらの影響もあってか、最近TVの健康・通販番組などでEPAや同じ魚油成分であるDHAの健康への効果を謳うものが増えています。そこではこれらを“血液さらさら成分”として表現することが多い為、最近は、“血液さらさらの薬”というと真っ先にEPAやDHA製剤やサプリのことを思う方も多いでしょう。 なんでも薬を飲めば良いとは言いませんが、これらは極めて自然に近い製剤であり、きちんとした製薬会社は水銀等の重金属や昨今心配される放射線のチェックも綿密に施行し、さらに純度の高いものを提供しているので、魚を直に食すよりもむしろ安心・安全そして確実かもしれません。従って、魚の苦手な人が心血管・脳血管疾患のリスクの解消や再発予防を考えた時、これらの助けを借りることは決して悪いことではないと考えています。 |
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