JunJun先生の第24回 Jun環器講座

 血をさらさらにする薬
   (その5:ー心臓の耳と「耳なし芳一」-)

船戸クリニック 循環器内科 中川 順市

 人間の身体の中には、それほど必要とされてないにもかかわらず存在している臓器があります。そして崇高に只そこに在るか、大人しくしていて下されば良いのですが、時々悪さをするものがあります。皆さんも良く知っている代表的なものをあげますと、虫垂(盲腸)、扁桃腺、胆のう…これらが悪さ(虫垂炎、扁桃腺炎、胆石胆のう炎…)をすれば、その程度にもよりますが、一般的に手術で取ることが検討され、実施されることが多いのです(本当は、対人間のように、何か良いところを見つけて活かしてあげられれば良いのですが…)。そして取ってもその後の生活にほとんど支障がないのはもちろん、不安からも解放されることになりますね。

 実は、心臓も自分自身にそのようなものを持っています。それが、表題の心臓の耳です。心臓の耳といっても別に心臓が音を聞いているわけではありません。心臓の4つの部屋の一つである左心房に左心耳(さしんじ)という袋状の場所があるのですが、いまだその存在意義ははっきりと解っていません。その上、心臓普通脈打っている時問題ないのですが、脈がばらばらに打つ心房細動という不整脈になると左心房の中で血流(とどこお)左心耳耳垢が溜まるが如く血の塊(血栓)が溜まります。そしてその血栓が拍動にまかせてはがれ、脳の血管の方へ飛んでいって詰まると、命に関わるくらいの脳梗塞(心原性脳梗塞)をおこすのです。
これは悪さにも程がありますよね。ですから、心房細動は、危険度の非常に低い場合を除いて、ある意味、仕方なくもほぼ必須血液を固まりにくくする“抗凝固薬”飲まなくてはいけないのです。

 しかしその“抗凝固薬”の代表的な薬、ワーファリンは、食べ物(特に納豆)や他の薬の影響を受けやすく、による効き具合もまちまちの為、決して安定した薬とは言えず、服用している人は通常より頻回な採血により効き具合をチェックすることが望まれ効き具合が安定しない人では、万が一効きすぎた場合、ともすれば、「脳梗塞を予防したかったのに脳出血になってしまった」という残念なことも起こり得るのです。
 しかもこの50年ワーファリン以上心房細動による脳梗塞を予防する効果の高い薬(しかも安価)は世に現れず“抗血小板薬”など他の血を固まりにくくする薬代替を試みてもかえって悪い結果になることが解り、この如何ともし難い状況循環器医の長年の悩みでした。
 ならば、盲腸のように左心耳手術で取ってしまえばよいではないかという考えもあり、耳栓の如く左心耳金属物詰める手術胸腔鏡を使って左心耳を切り取る手術考案・実施されてきましたが、身体への負担大きく、施行できる医師も限られるため広く行われるには至っていません

 ただしこれらが普及しない理由には、ここ数年注目されているNOACと呼ばれる新しい“抗凝固薬”の登場カテーテルアブレーションという治療法高い評価を得ていることもあります。NOACは、心原性脳梗塞予防効果ワーファリンと同等それ以上、且つ脳出血明らかに少なく食べ物他の薬の影響を受けにくく、しかもによる効き具合少ない為、頻回の採血必要ないといったワーファリンの欠点補って余りある特徴を持っています。カテーテルアブレーションは、心房細動そのものが無くなれ左心耳有無問題ではなく血栓はできないという発想のもと、心房細動原因となる左心房内異常電流伝わる経路を、先端焼灼チップのついたカテーテルを用いて焼き切り遮断することで、心房細動を起こさなくするというものです。 
 登山家三浦雄一郎さんこの治療を受けて心房細動を治し80歳エベレストの登頂に成功したことで有名になりました。
 従来、心房細動薬で抑える治療はされてきましたが、かえって別の不整脈が増えることもあり諸刃の剣でした。 カテーテルアブレーション左心耳取る手術より身体への負担も少なく完全成功すれば心房細動そのものが無くなることで最終的に不整脈の薬“抗凝固薬”も必要なくなる為、現在急速に進歩・普及しています。

 いよいよ団塊の世代脳卒中適齢期に入ってきました。50年前脳卒中(脳出血と脳梗塞の両方を表現する言葉)の中では脳出血が77%でしたが、現在は逆転し脳梗塞の方が75%を占めています。これは高血圧治療普及したことにより、高い血圧直接血管が破れることは減った代わりに、高齢化そのものと、加齢とともに増える特徴のある心房細動増加により、脳の血管が詰まることの方が増えた結果と考えられます。
 そのような中、今後、このNOACカテーテルアブレーションは、(心原性)脳梗塞予防強く貢献していくことでしょう。
これで、どうやらこれからも、心臓自身は耳を取られて「耳なし芳一」になる機会は少なくて済みそうです(笑)。