JunJun先生の第25回 Jun環器講座

 心臓も年をとると硬くなる?(隠れ心不全)
船戸クリニック 循環器内科 中川 順市

 人は、年をとるにつれ、身体(筋肉や腱)が硬くなり、血管硬くなり(動脈硬化)、そして性格硬く(頑固)なったりして、全体的にしなやかさが無くなって行く感がありますが、心臓も、個人差はあるものの年齢を経るごとに、だんだん硬くなっていくことがあります。今回はそんな話を書いてみますね。

 心臓はよくポンプに喩えられます。そしてそのポンプとしての役割には2つあります。大まかに書くと
①全身の臓器
で使われた酸素の少ない血液吸い上げて呼吸で得られる新しい酸素混ぜるために肺へ送り込むためのポンプ機能肺で充分酸素が混ざった血液吸い込んで、再び全身の臓器へ送り出すためのポンプ機能です。
の機能においては、左心室というポンプ室が、一定の周期収縮(ギュッと縮まる)と拡張(パッと開く)を繰り返すことで、ポンプ働きをしています。すなわち左心室拡張してパッと開くことで、陰圧となり、肺で充分酸素を溶かし込んだ血液が、左心房という予備室を経て左心室に吸いこまれて充満します。そして次に左心室がギュッと収縮することで、充満した血液を、大動脈という心臓から全身の臓器に繋がっている太い血管の方に向かって一気に送り出すのです。そして、その収縮拡張繰り返している間、送り出した血液が逆方向に戻ってこないよう、弁膜という逆流防止バルブ左心室大動脈の間(大動脈弁)、左心房左心室の間(僧帽弁)に介在しています。

 皆さんは“心不全”という言葉を聞いたことがあると思いますが、これは何らかの原因で 主に②の方のポンプ機能低下し、その結果としてポンプ内血流の滞りが生じるため、ポンプの上流である肺の血管圧力がかかり(うっ血)、時には水漏れ胸水:胸に水が溜まる)がおこることで、息苦しさを起こすことをいいます。
滞りの原因は、例えば、心筋梗塞のような心臓の筋肉(心筋)ダメージが生じるような病気によって、左心室の収縮悪くなることであったり、上記の弁膜(逆流防止バルブ)障害されることによる逆流抵抗などでうまく血液を送り出せなくなること(心臓弁膜症)であったり、心臓の周りの膜に炎症がおき水が溜まったりしてポンプの動きを邪魔すること(心膜炎)であったり、ポンプ機能そのものは正常でも不整脈によって異常脈が速くなりポンプが速く動かされることで空打ち状態になること、或いは異常に遅くなりポンプが止まりかけ、血液流れが悪くなることであったりします。これらは殆どが、心電図胸のレントゲン心臓超音波検査など心臓に関する代表的な検査で比較的目に見えて病気として診断でき、“ああこれによって心不全が起きているのだなあ”と解ります。しかし、明らかな心不全症状(息苦しさ)を呈するのにもかかわらず、疾患等の他の息苦しさを起こす病気兆候なく、上記の心臓に関する検査でも原因がはっきりつかめないタイプが存在することが以前から知られていました。これはまさに隠れ心不全というべきもので、循環器医悩みの種でした。
ここ15年で、このようなタイプ心不全には左心室の拡張機能(パッと開く力)障害(拡張障害)が関与していて、左心室の筋肉のスティフネス(=硬さ)上昇がその要因となることがわかってきました。ただし、その診断法治療法においては未だ確立されたものがなく、心臓の動きが良くわかる心臓超音波検査においてでさえ、特殊な計測が可能な装置でないと、拡張機能障害の有無は厳密にはわからない為、収縮能弁膜全く問題がない場合には、ともすれば正常な心臓診断されてしまうことがあります。

 心筋が硬くなる原因には、例えば、長年の高血圧心筋圧力がかかり続けることによる肥厚(厚くなれば硬くなる)であったり、心臓を栄養する冠動脈動脈硬化による心筋への慢性的な血流不足肩こりと同じで血流が不足すれば硬くなる)等がありますが、これらは老化に伴って充分生じ得ることであり、老化現象の一つと言うこともできるでしょう。従って、必ずしも拡張障害による心不全の診断ができなくても、疑いがあれば、原因を逆手に取って、平均血圧を10mmHg下げることや、冠動脈を広げる貼付薬血流を良くしてやることが、症状の改善、発症・再発の予防効果があるとされています。また、NT-proBNPという心臓の負担を表す採血項目があり、例えば心臓超音波検査正常でもこの値ければ隠れ心不全の可能性があり診断の助けとなります。

 比較的ご高齢で、歩行ストレス息切れがあるが、検査では異常がわからず年のせいとあきらめている方、(今回の話では確かに年のせいには違いないのですが)ともすればこの隠れ心不全があるのかもしれませんね。