JunJun先生の第27回 Jun環器講座 大動脈弁狭窄症船戸クリニック 循環器内科 中川 順市
皆さんは、大動脈弁狭窄症という病気をご存知でしょうか。心臓の中には4つの弁(バルブ)がありますが、それらは心臓の中で血流が一方向に流れ、逆戻りしないように働いています。これらの働きが悪くなることで心臓に負担がかかるようになる病気を総じて心臓弁膜症と言います。 心臓の4つの弁のうち最も重要な弁が大動脈弁であり、左心室という最も強力なポンプから送り出される血流はスムースに通過させ、逆戻りしようとする血流はしっかりせき止める働きをしています。この大動脈弁の開放が、ある程度以上悪く、狭くなると、血液が通過するのに強い抵抗が生じ、その通過音が聴診器で強い心雑音として聴こえるようになり、心臓にも負担がかかって胸痛や息切れ(心不全)症状が出てきます。 このような状況を重症大動脈弁狭窄症といい、心臓弁膜症の中では最も注意すべき状態です。(大動脈弁狭窄症にも軽~重症まで程度の差はあります) 原因としては大きく分けて3つがあり、①幼少期に溶連菌と呼ばれる細菌に感染し、その影響が心臓の弁にまで至り、弁が炎症で肥厚・変形して狭くなる※リウマチ性、②血管の動脈硬化と同様に加齢とともに大動脈弁が石灰化し硬くなる動脈硬化性、③本来3枚のリーフから成る大動脈弁が生まれつきの奇形で2枚のリーフとなるために狭いという大動脈二尖弁症によるものがあります。 昨今、良くも悪くも抗生物質の使用が増えた影響で、知らず知らずも含め溶連菌感染が予防・治療され、新規且つ若年のリウマチ性が減ったかわりに、高齢化の影響で動脈硬化性が増えています。また大動脈弁狭窄症は、比較的症状がない期間が長く、重症になるまで症状に気付かないことも影響し、結果的に高齢者の重症大動脈弁狭窄症が増えているという現状があります。 重症大動脈弁狭窄症が最も注意すべき心臓弁膜症である理由は、これが薬物治療の効果が乏しい進行性の病気であるため、一旦症状が出ると加速度的に状況が悪くなることがあり、放置した場合、進行がんに匹敵するぐらい生命予後が悪く、突然死する危険性もあるからです。 しかし、進行がんと比べ、手術治療が非常に有効であり、それにより完治を望むことのできる病気です。現在の標準的手術法は大動脈弁置換術といって、傷んだ弁を金属もしくはブタの弁で作った人工弁に取り替える手術です。決して簡単な手術ではありませんが、昨今の手技、道具、そして安全性の進歩は目覚しく、手術がうまくいけば、高齢の方でも以前のように畑仕事や旅行をされ、普通の生活を取り戻すことができます。 また、症状がないと言っていた患者さんでも、術後、階段を上るときに楽になったと実感される方もいます。このように、重症大動脈弁狭窄症は適切な時期に手術をすれば「命を救える」といっても過言でなく、同時にQOL(生活の質)の向上も充分期待できるのです。 従って、私は、心臓超音波検査などで重症と判断した大動脈弁狭窄症の場合、比較的若い方や二尖弁症の方なら、症状があまり出ていないうちから、手術のできる病院に紹介し、実際に日々手術を行っている心臓血管外科医の話を直接聞いて頂き、「手術を受ける・受けない」は別にして、手術という選択肢について充分理解を深めて頂くようにしています。 75歳以上の高齢者でもお元気であれば、基本的に若い方と同様に対応していますが、例えば85歳以上など、高齢になればなるほど、手術自体は成功しても術後や入院継続などのストレスによる持病の悪化、併発症や認知症の発症による寝たきり状態などの危険度は増加する為、時に、「こんなことなら手術を勧めなければ良かった」という例もゼロではありません。 ただ、一方で、そのようなことを心配されるあまり、手術を決断するのに二の足を踏んでいる間に急変され、結果的に亡くなられるという例も多く存在するため、逆に「もっと早く・強く手術を勧めればよかった」と主治医が後悔することも少なくないのです。 このことは、まさにこの重症大動脈弁狭窄症が、「高齢者に増えており今のところ根本的かつ標準的治療が身体への負担が大きい手術法しかない病気」であるが故の悩みであると考えます。以上からも、重症大動脈弁狭窄症においては、できる限りの早期発見と適切な時期における手術治療が有用であると言われているのです。 では、比較的お元気なのに複数の持病や超高齢のために手術危険度が高く、適切時期を逸しているような重症大動脈弁狭窄症の方は、もはや治療を諦めるしかないのでしょうか。標準的な手術法以外に何か負担の少ない治療法はないのでしょうか。そのような思いの中、次回は最近注目されている新しい治療法について書きたいと思います。 ※リウマチ性:関節リウマチとは別の病気です |
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