JunJun先生の第28回 Jun環器講座

   大動脈弁狭窄症(AS)その2 ~TAVI~
船戸クリニック 循環器内科 中川 順市

 先回、大動脈弁狭窄症(AS)の中で、重症と診断され、且つ自覚症状が出てきている場合には予後が良くない為、状況が許せば、できる限り早期の手術療法望ましくそれにより根治も望めるということを書きました。
そして、この病気が昨今高齢者に増えているにもかかわらず、根治を望むための標準治療法は、今なお、胸を開いて一旦は心臓を止め人工心肺につないだ状態傷んだ大動脈弁人工弁に取り替えるという身体への負荷大きい手術療法(大動脈弁置換術)である為、高齢者において “複数の持病がある“体力がない”あるいは“超高齢である”などの理由で、手術を受けること自体の危険性の方が有益性を上回る可能性がある場合には、効果が非常に限定的な薬物治療をしながらただ見守ることしかできないというジレンマがありました。
そのような中、最近、重症のASに対し胸を大きく開くこと(開胸)なく、心臓を動かしたままで治療可能な、経カテーテル大動脈弁置換術(TAVI)という方法が注目されていますので、今回はそれを紹介したいと思います。

 具体的な方法は、まず、風船のついたカテーテルを、硬く狭くなった大動脈弁の所へ持っていき、風船を膨らませることで、もともとの狭くなっている弁を押し裂きます。そして押し広げられた大動脈弁の所に、今度は人工弁を仕込んだ風船付きカテーテルを持っていき風船を膨らませることで、もともとの大動脈弁を上から押し潰すような形で人工弁を開きしっかり留置します。大動脈弁までカテーテルをもっていく方法としては、大きく分けて2つあり、一つは太ももの付け根にある動脈からカテーテルを挿入し、動脈の中を通して大動脈弁までもっていく方法(経大腿アプローチ)、もう一つは左胸の肋骨の間に小さな切開入れ、そこから心臓の心尖部(心臓の左前に突出した体表に一番近い尖端部分)カテーテルを挿入左心室を介して大動脈弁までもっていく方法です(経心尖アプローチ)。(※文章では解りにくいので文末に公開されている動画のリンクを記載しますね)

 TAVIのメリットは何といっても、従来の標準手術療法と比べ身体への負荷が圧倒的に少ないということです。したがって、問題なく終了すれば、なんと術後3~4日で退院が可能となり、術前を入れても1週間程度の入院治療完了となります(標準手術療法では3~4週間)。そして、退院後はすぐに元の生活に戻る事が出来るどころか、大動脈弁の機能が大幅に改善しているため、高齢者であっても治療前には出来なかった色々な活動が可能となることも夢ではないのです。そして、日本では既に2013年の秋から健康保険も適応されています。

 しかし、TAVIはまだ開発されて比較的年数の浅い新しい治療法であり、長期成績の結果がないため、今のところ対象が「標準的手術法(大動脈弁置換術)が適応できない患者さん」限られています。具体的には、“超高齢である”、“肺や肝臓の病気の合併がある”、“過去に開胸手術が施されている”、“胸部への放射線治療の影響で開胸手術の難渋が予想される”、“悪性腫瘍の合併がある(但し予後一年以上が見込まれる)”、“脆弱である”、などが挙げられますが、最終的には、循環器内科、心臓血管外科、麻酔科、放射線科、リハビリテーション科、看護師、臨床工学士など他職種で構成されたハートチームが治療法を決定することになっています。ですから、患者さん自らがTAVIを選択することができません。また、TAVIは身体への負荷は小さいものの、標準的手術法と違い、術者が直視下で人工弁を留置しているわけではなく、また人工弁を風船で広げるのは手ごたえがわかりづらくしかも一発勝負であるため、人工弁の不適切位置への留置、脱落、あるいは血管破裂、脳梗塞といった合併症は起こり得ます。したがって、術中に問題があれば即緊急事態に対応する準備が必要であり、それ故、錬度の高い術者、及びハートチームの存在が必須で、今のところ施行可能な施設も認可制で限定されています。

 そのような中、現在、TAVIの日本における術後30日の死亡率は約1%(100人に1人)ですが、対象が、重症ASの中でも元々リスクが高い患者さん(放置すれば50%が2年以内に死亡するというデータあり)限られていることを考えると少ないと思われます。ですからTAVIは、今まで治療をあきらめていた患者さんを含めより多くの重症AS患者さんを救うための新たな選択肢として非常に有用であると期待されているのです。


※経大腿アプローチ:https://youtu.be/ejsyev16QY4(又は“youtube”“TAVI”“大腿”のキーワードで検索)
 経心尖アプローチ:https://youtu.be/tRmKB-kg2W8 (又は“youtube”“TAVI”“心尖”のキーワードで検索)