在宅医療「癒しのコミュニケーション」 

船戸 崇史
 
 癒しのコミュニケーション・・難しいテーマです。
 なぜなら「癒し」の正確な定義はありませんし、そもそも私自身がこのテーマに相応しいコミュニケーションが取れているか自信がないからです。
 しかし、私自身が大切にしようとしている在宅患者とのコミュニケーションを紹介する事は出来ます。甚だ経験的、独善的ですがご容赦頂きたいと思います。尚、本項では当然「例外」ありますが「多くの私の経験」で記載しました。
 開業して21年で800名を越える在宅末期医療を経験しました。この約75%は癌末期の患者ですが平均して年間60名程度の在宅での看取りを行ってきました。概ね、癌末期は8割が在宅死。非癌は4割程度が在宅死。非癌は最期は救急搬送の結果病院死が多いです。


【 コミュニケーションを始める前の医師の心構え 】
 
 癌の場合は、既に病院で病名告知が済み、時には本人にも余命告知がなされている場合が増
えてきました。「データでは、貴方の病気のこのステージ(病期)では、平均余命*ヶ月です」という、極めてショッキングな余命宣告を受けてこられる方が増えています。
 私は、外来でまず「余命予測なんて当たった試しはないので・・」から始まりますが、これは本当です。医師と患者の信頼関係が深い方が、余命告知も的中率が上がるように感じます。それは患者さん自らこの余命告知に合わせる力もあるのかもしれません。それなら尚更、余命告知は重い意味を持つことを医師は知るべきです。
 医師は患者へ提供する情報は、勿論正確さは重要ですが、「伝え方」「言葉の選び方」何よりも「思いやり」が重要になります。当然な事ながら告知する側は常に告知を受ける側の気持ちを(おもんばか)って伝える配慮が重要です。加えて医師の持つ医療観、宗教観から人生観までが大きく対話へ影響する事も知るべきです。そして告知をする医師は、患者の最後まで責任を持って寄り添う覚悟がある場合しかしてはならないし、覚悟がないなら告知をしてはならないと思っています。
 まず、この覚悟を医師が持つ(持とうとする)前提で、はじめて対話が可能になります。
 また、患者さんにご家族がいる場合は、同様の気遣いが家族にも求められます。在宅医療とは常に家族にも配慮して、患者と家族を一つとして捉えたコミュニケーションが必要である点が病院医療と違う点かもしれません。
 

【 患者さん現状評価の方法 】

 次に、私は患者宅でのコミュニケーションの初期段階で、とても重要な事は患者さんやご家族の現状を極力正確に把握する事だと思います。
 私は以下の2つのベクトルを使います。基本的にこの状態把握は癌末期に限らず全ての在宅患者、家族さんとの深いコミュニケーションのために有効な方法だと思っています。
 
    ベクトルA,痛みの種類での状態把握
    ベクトルB,痛みの段階(死に至る5段階仮説)での状態把握
 
 重要な事は、これによって示される患者さんご家族の状態(ベクトルABでの座標)は、継時的に変化すると言う事です。よって、訪問の都度にチェックする事が必要です。
 以下にそれぞれを簡単にご紹介しましょう。
 

  ベクトルA,痛みの種類での状態把握  
 私は、病気を「痛みの総和」であると認識しています。そして、その痛みを4つの痛みに因数分解し、それぞれの痛みを介在としたコミュニケーションで対応するようにしています。目標は4つの痛みへの癒し(深い安心)です【次ページ図1】。この4つの痛みや癒しも、患者さん本人のみならず、ご家族にも全く同様にある点は強調しすぎる事はありません。

① 肉体的痛み:肉体的痛み。西洋医学が最も得意とする。

② 精神的痛み:命や病気の先行きに対する漠然とした不安。

③ 社会的痛み:会社、家族、地域コミュ
ニテイーなどの役割の喪失。

④ スピリチュアルペイン:生きる意味への問い、自責の念、死後の生や生まれ変わりへの疑問など。

 患者さんやご家族は、これらの痛みを背負っています。病気の場合は多かれ少なかれ必ずこれら4つの痛みが存在します。それを、面接の初期段階で見極める目が医療者には必要で、それぞれの痛みを軽減(癒す)できる様なコミュニケーションが必要です。
 以下に4つの対応を簡単に紹介しましょう。

肉体的癒し⇒肉体的痛みとは、4つの痛みの中では最も解剖学的な痛みで痛みのある場所を指で示すことができます。つまりこればかりは患者固有の痛みであり、まずはこの痛みを取る事が重要です。目標は肉体的癒しであり、方法は、肉体的なアプローチです。触覚(マッサージなど)、嗅覚(アロマテラピーなど)、聴覚(音楽など)からのアプローチや、鍼灸や注射、内服薬(NSAIDSやモルヒネなどの鎮痛剤)まで色々な手法が取られます。肉体的痛みへの対応の多くは西洋医学が得意とする所であり、また良く奏功します。
精神的癒し⇒精神的痛みとは「不安」が本質です。特徴は、肉体的痛みを感じない分ご家族の方が不安は大きくなりがちです。ですから、目標は双方の「不安」を軽快し「深い安心」を得られるようなコミュニケーションです。精神的痛みの特徴は肉体的痛みの様に実態がないことです。妄想の産物なのです。言語的コミュニケーションが奏功しますが、重要な事は「不安」の根にどこまで迫れるかだと思っています。そこには、患者さんの経験や思い込みがある場合もあり、一つ一つ(つまび)らかにしながら「大丈夫、心配ない」と肯定しながら丹念に寄り添います。不安の回路を切るために内服も適宜使用します。
社会的癒し⇒社会的痛みとは、自分と言う存在が、会社、家族や地域から消滅するために生じる関係性消失に付帯した痛みです。関係性消失の痛みは精神的痛みと言えます。付帯した痛みとは、それぞれのコミュニティーにおける自分の役割(会社、家庭、地域での役割など)をどのように誰に肩代わりしてもらうかなどを言います。社会的痛みの最たるものは、経験的に家族関係です。この捻じれは深い痛みとなりますが、それを癒せる最も大きな力も家族にあり、家族にしかないと感じてきました。私は家族力と言う言葉を使います。同時にこれこそが私が在宅医療に力を入れる理由です。
この認識を基礎に置いてコミュニケーションを図る事が重要です。
 私の経験では、家族関係修復のコツは、当事者である患者さん自身の家族への「陳謝」と「感謝」の言葉が最も効果的だと感じてきました。
スピリチュアルペイン⇒最も対応が困難だと言われます。しかし、終末期医療では特に避けては通れない痛みです。スピリチュアルペインとは、死と直面するからこそ生じる痛みだと言えます。例えば、生きる意味への問い、自責の念、死後の生や生まれ変わりへの疑問などです。具体的には「なぜこんな病気になったのか?」「自分の人生何だったのか?」「死んだらお終いか?」「あの世はあるのか?」など、どれも客観的な正解がありません。まさにその人の中にしか正解がない以上、深い共感力が重要になります。つまりスピリチュアルペインの難しさは偏に、医療者自身の人間力(共感力)にかかっているからでもあります。癌患者の辛さは、決して学んで分かるものでもありませんし、癌になればわかるものでもありません。その人の生きてきた人生を、その本人以外に本当に共感する事は困難な事です。況や、「死後に世界はあるか?」という質問に至っては、正確さを追及する医学では「証明されていません」が正しい回答かもしれません。しかし、質問者はそんな回答を期待していたかは疑問です。思いやりのある、寄り添った回答は場合によっては「そんな方向へ逃げてどうする」かもしれません。また「あの世はあるよ。だから先逝って待っててね。私もいずれ逝くので」かもしれません。大事なことは客観的正解ではなく、質問者の心情に寄り添った回答だと言えます。



  ベクトルB,痛みの段階(死に至る5段階仮説)での状態把握 

 患者さんを正確に把握するために次に肝要な事は、①死に逝く肉体的段階②死に逝く精神的段階の病期の把握です。終末期、患者さんの全身状態が徐々に低下するにつれて、患者さんの精神状態はダイナミックに変化します。その都度、状況を4つの痛みに因数分解し把握すると同時に、肉体的、精神的に現状が死に至るどの段階かを見極める事(病期の把握)はとても重要です。この把握は、死に逝く段階でなくとも有効だと思っています。
  
① 死に逝く肉体的過程を理解する
 人は最期【図2】のように健康な状態から死へ向かって右下に徐々に低下してゆきます。まず食欲がなくなり、移動能力が落ち、そのうちにオムツが付きます。時に褥瘡が発生し、最後は意識低下し種々肉体機能が低下しついに心停止、呼吸停止となります。
 ここで重要な事は、誰もがADL(日常生活動作)が低下した分、何らかの介護を必要とします。しかし、患者さんは「今
まで十分迷惑を掛けてきたので、これ以上迷惑を掛けたくない」と願います。つまり介護量増大とは迷惑量の増大でもあるのです。多くの場合、患者さんは最期は自宅が良いと願います。一番安心もでき一緒にいたい家族もいます。しかし、だから余計に迷惑を掛けたくない。しかし、自分のADLは低下し、願いとは裏腹に迷惑量は増える。この狭間で患者さんは苦しみます。同時に家族も、愛する人の死に逝く姿を看るのは辛い。しかも多くは初めての体験です。勢い、入院と言う選択もあり得ますが、既に末期故、入院後早々に亡くなられます。すると、「こんなことなら最後は自宅で看送ればよかった」と家族の後悔になりかねません。医療者はこれら患者、家族の心情を十分分かった上で適切なコミュニケーションが必要です。その為にも、現在この患者さんが死に逝く肉体的過程はどの段階かを見極める事が重要です。

② 死に逝く精神的過程を理解する
 死に逝く肉体的過程と呼応しながら心も大きく変動します。だからこそ、現在のその人の精神状態を見極める力が重要です。これをE.キューブラーロス博士は5段階仮説として報告しました。私は癌末期に限らず、患者さんやご家族の精神状態をこの5段階仮説に(のっと)って対応するようにしています【図3】。






(1) 拒否、ショック:事態を受け止める事ができない段階。
対応⇒傾聴:この段階では患者は聞く耳を持てないので、共感の眼差しで寄り添う。
慰め悟しは無効。
(2) 怒り:事態を受け入れたが、なぜなのかと怒りが沸き起こる段階。
対応⇒傾聴:この段階では、患者は感情をコントロールできない為、共感の眼差しで寄り添う。慰め悟しは禁物。
(3) 交渉、取引:感情も落ち着き、客観的に事態を見る事ができる。治すための方策などに関心を持つ段階。
対応⇒患者は心を開き活力がでる。ただし治すために、どういう方法があるかなど、未来への希望ある対話に関心があるため、慰めや悟しは禁物。
(4) 抑うつ:治す方法はやはりないとあきらめる段階。
対応⇒やっぱり無理だとうつとなり心を閉じる。自殺に注意し共感の眼差しで傾聴し寄り添う。傍にいて目を離さない。
(5) 受容:生への諦めや、死への受容が述べられる段階。
対応⇒再度患者は心を開き静かな活力が復活する。ただし過去の人生へ感謝が述べられる段階。よって、生きる希望への提案はあまり功をなさない。
(6) 希望:死後の世界を信じている人は、死を間近にすると死後の期待や希望が述べら
れることが多い。(アルフォンスデーケン上智大学名誉教授)
対応⇒あの世、生まれ変わりの話しなど、患者さんの宗教観が述べられ(よう)の活力がある。医療者は自らの人生観、宗教観を客観視できることが重要。困難な場合はせめて共感的態度が重要。無碍(むげ)なる否定は禁物。 


【 まとめ 】
 
 ベクトルABとも、患者さんやご家族の現状を把握するためのコミュニケーションだけを書いてきました。それは、本来で本当に癒す力は、患者、ご家族自身が既に持っており、私たちはその力を引き出す様に傍にいてサポートする事しかできないからです。このサポートとは「深い安心感」の提供です。この気持ち持って戴けるよう患者、家族とコミュニケーションが図れた時に、不思議な事に自然と患者の生き抜く力やご家族の家族力が発揮されると感じてきました。これもまた自然治癒力なのかもしれません。
 私たちは、そういう力を持っているのです。
 
 
※今回の通信は「ホリスティックマガジン2016」に掲載されました。
(日本ホリスティック医学協会 2016.2.25発行)