-不妊治療中のこころケア―

医学博士 邵輝

不妊治療中はさまざまなことに不安を感じます。患者さんの基礎体温表が上がったり下がったりのギザギザのグラフになっているのは不安が原因ですが、この状態では妊娠は難しいです。治療、仕事、姑関係などストレスは尽きませんが、治療や仕事をやめたからといってストレスがなくなるわけでもありません。不妊治療中のこころのケアについて、中医学的な見解からお話しします。


どうしてストレスがかかると不妊治療によくないのでしょうか。中医学では心臓をあわせて「心(しん)」と表します。心は「君主の官」と言われ、さまざまな器官をまとめる役割があります。心が悪くなると?血が出て身体的な症状だけでなく、驚きやすくなったり、恐怖を感じやすくなるといった精神的な症状も出ます。排卵の仕組みは、視床下部からホルモンが出て、子宮、卵巣に作用し、排卵に至ります。ところが、ストレスがかかって心に問題があると、ホルモンバランスが崩れてうまく排卵できなくなります。いわば女性は脳から排卵しているので、不妊治療において心の部分が重要です。

ストレスで気分が沈んでいるのなら、気滞だから肝を治療すればよいと捉えられがちですが、そうではありません。確かに肝、胆は精神的に影響しますが、「肝は将軍の官」と言われるように、外敵から体を守るのが役割です。つまり、肝、胆が弱くなると外から来るストレスから自分を守る力が弱くなります。一方、体の中から発生するストレスは心です。



~心の治療について~
心の治療において、私は麻黄附子細辛湯をよく使います。不妊治療をされている方の中には、更年期障害の症状に悩まれている方も少なくありません。この方には棗参宝と麻黄附子細辛湯を使うと、のぼせ、肩こり、不安などの不定愁訴が楽になります。

麻黄附子細辛湯は少陰病の薬です。少陰は心と腎です。心は陽、腎は陰水で共存の関係にあります。不妊は生殖に関係するので腎に関係しています。腎を強くしようとすると心を強くする必要があります。腎が弱いと心も弱くなります。不妊症の患者さんは、鼻水や咳、舌のピリピリした痛みやイライラを訴えますが、これは心の陽が上がりすぎているからです。この時、肺よりも心と腎の治療をします。

腎精が強くなると心が強くなります。血が増えて、栄養がまわり、三焦は陽気が流れます。三焦は水の通り道で、湿が流れていますが、日本は外湿が多いのに加えて、高カロリーの食事で三焦が詰まりがちです。三焦の流れが悪くなると痰湿が溜まり、脳がすっきりしません。脂っこいものや甘いものを控える等、食べ物に気をつけます。腎の精が充実すると、気がよく流れ、陽気が強くなり、?血がとれて痰湿が取れます。



~心気虚について~
「気が弱い」「気が小さい」など、日本語には心の状態を表す言葉が多いです。気が弱かったり小さかったりすると気を使うので、疲れてしまいます。中医学ではこれを心気虚と言いますが、心の気が虚してしまうとストレスが発生します。

神社でお参りをする時に手を合わせますが、手を合わせて親指が胸にあたるところはだん中というツボです。ここを押した時に痛みがあると、心にストレスがあります。なぜなら、だん中は心を包んで守っており、ここが弱くなると、だん中で守られている心も傷つきやすくなるからです。だん中をマッサージや温灸で強くすることを勧めます。

心の気が弱くなっている方の脈は細くて弱く、固いです。心の中には血が流れていて、心気が動くのに血が必要です。血は栄養です。脈に力がないと、心が弱りやすいですが、逆に言えば、血流がよくなれば心は強くなります。

足や太ももに静脈瘤が出ている方、手のひらに青筋や紫色がある方も心の脈が弱いです。手のひらに比べて指先の色が悪い方は末端の血流循環がよくありません。運動を勧めます。また、心の気が弱くなっている方の舌は乾燥しています。不妊の患者さんは舌の真ん中が割れている人が多いですが、これは心と腎の気虚です。すぐ泣いてしまうのも、心が弱くストレスが溜まっている方の特徴です。こういう時は、両手首をブラブラ動かすと気が楽になります。これは心経の経絡と関係があります。心の経絡が手首を通っているので、手首を振ると詰まりが取れます。余談ですが、リストカットは手首を切りますが、これは自殺が目的なのではなく、手首が気持ち悪いからです。心経の経絡の詰まりを、手首を切ることですっきりさせているというわけです。

心の働きは体全体と大きく関係しています。心は体全体を見て、気血水の全てを考えて対応するのが中医学的な発想です。心気虚の治則は、補益心気です。心を強くするのに、スーパー紅景天、加味帰脾湯、甘麦大棗湯、桂枝加竜骨牡蠣湯、半夏厚朴湯がよいです。

紅景天は高山病の治療薬で「食べる酸素」と言われるほど酸素取り込み効果が高いです。他にもエネルギーの元となるATP増加や記憶力回復など、その効果については多くの論文が発表されています。数ある紅景天のなかでもあえて「スーパー紅景天」としているのは、これがチベットの紅景天を使用しているからです。チベット産の紅景天は流通が厳しく規制されていて入手が大変難しいので、一般にはシベリア産が流通しています。効果はチベット産の方が高いです。また、紅景天とあわせてシソの種、からし、ダイコンの種が入っています。これは漢方の三子養親湯の処方で、大変優れた処方です。喘息の痰を和らげ、副作用もありません。

心気虚の不妊患者さんへの応用は、タンポポ茶(ショウキT-1)とスーパー紅景天です。ショウキT-1は精神安定、抗ストレス、流産防止に、そしてスーパー紅景天は心気を補います。

五十歳で不妊治療歴二年の方は、冷えと疲れがあり、半年間、卵子が発育しませんでした。この方にショウキT-1とスーパー紅景天を飲んで頂いたところ、二カ月後、胚盤胞が連続でそれぞれ二個と四個取れました。また、四十一歳で不妊の漢方治療を三年行い、抗うつ薬を繰り返し使用されている方に、夫婦でスーパー紅景天と松康泉を飲んで頂いたところ、三カ月後に自然妊娠されました。スーパー紅景天は生理が来て五日目から飲み始めますが、生理が終わってから排卵までパッと火をつけるイメージです。経済的に余裕があれば多めに飲むとよいです。

心血虚の治則は補血安神です。耳は腎なので、耳に温灸をすると腎が強くなって、心も強くなります。

ご飯を食べる時「いただきます」と言いますが、これは食べ物の中の命、生命力を頂くという意味です。最近は、外食や加工・冷凍食品が多く、旬のものを食べなくなっています。栄養素は気にかけても、今の女性は生命力のあるものを食べていないのが心配です。力がある旬のものを食べ、海抜四千メートルの地でも生き抜く紅景天や力強く生えるタンポポの助けを借りて自身の生命力を高めていけば、心は強くなります。