JunJun先生の第32回 Jun環器講座 -“いびき”と高血圧症-船戸クリニック 循環器内科 中川 順市 “いびき”が気になる方は結構おられるのではないでしょうか、しかし“いびき”が高血圧に大きく関係する場合があることをご存知の方は少ないかもしれません。 “いびき”をよく指摘される方の中に、睡眠時無呼吸症候群(Sleep Apnea Syndrome=SAS)と呼ばれる疾患の方がおられます。SASとは眠っている時に呼吸が止まったり、喉の空気の流れが弱くなったりする病気です。そして眠っている最中に、10秒間以上の無呼吸(呼吸が止まること)もしくは低呼吸(呼吸による換気が50%以下に低下し、喉の空気の流れが弱くなること)が1時間に5回以上ある場合にSASと診断されます。 寝息が一定間隔でスースーと音を奏でているような場合はまだ良いのですが、SASが強く疑われる場合の“いびき”は、寝息がピタッと止まり、しばらくの沈黙の後にいきなり「ガーガー」と大きな音を発する、いわゆる無呼吸発作といわれるタイプです。また、このような無呼吸発作でなくても、持続的にガーガーと大きい音がする場合は喉の空気の流れが悪くなっていて、いわゆる低呼吸の状態の可能性があるので注意が必要です。 では、SASはどのように高血圧に関係するのでしょうか? 自律神経(交感神経と副交感神経があります)は、例えば体温、血圧、呼吸の調節、胃腸の運動など普段、私達人間が意識せずに自動的に行われている身体の働きを制御してくれている神経のことですが、これには日内リズムがあり、通常、昼間は交感神経が優位に働き、夜間は副交感神経が優位に働いています。交感神経は、昼間起きて人間を活発に活動させるための神経で、例えば動くことが必要な時、心臓や肺(呼吸)の働きを活発にさせたり血圧を上げたりします。車でいえばアクセルの役割です。副交感神経は逆に夜間睡眠中に身体を休めるために身体活動を最低限に抑えて休息させる働きをしています。車でいえばブレーキの役割ですが、同時に身体の免疫力を上げる働きにエネルギーを廻します(ハイブリットカーのようですね)。 その様な中、睡眠中に無呼吸発作で何度も呼吸が止まったり、低呼吸で空気の流れが悪くなると、眠っている間に脳も身体も酸素不足になります。するとまず、脳は“身体が活動していて酸素が不足している”と判断してしまい、休むことができず、常に昼間モードで交感神経が活発化する指令を出し続けます。交感神経は血管を収縮させ、心拍数、心収縮力を増強するため、血圧は夜間でも上昇し続けます。特に無呼吸発作が頻繁に起こると、アクセルとブレーキを頻回に踏み変える下手くそで不快なガクガク運転状態になり、血圧は乱高下し、血管には普通に血圧が高い以上の負荷をかけることになります。そしてこのアンバランスは昼間の自律神経のバランスにも影響を与えます。従って昼間も血圧は高いままであったり、乱高下することもあり、特に夜間血圧を反映する早朝の血圧が著しく高くなります。そして夜間・早朝高血圧は高血圧の中でも有意に脳卒中、心筋梗塞の発症が多くなります。そして、SASによる高血圧は言い換えれば“息が止まる”という高度な危機をレスキューするための生体防御反応なので、薬で下げようとしても、それ以上の防御反応が働き、なかなか歯が立ちません。結局、薬の種類だけがいたずらに増えていく結果を招くことになります。即ち、元のSASを何とかしないと充分な効果は期待できないのです。 以上からSASによる高血圧はタチが悪く、難治性といえるでしょう。だだ、SASの存在にいち早く気づき、適切な対処、治療を受ければ薬がいらなくなるほど改善する場合があります。 しかし“いびき”というものは自分ではなかなかわからないため、一人で暮らしているような方はなかなか気づかない場合も多いのです。 では、どの様な方がSASになり易いのでしょうか? まず、SASは肥満の方に多いです。なぜなら、肥満がある方は首の周囲に余分な脂肪がついていて気道(空気の通り道)が塞がり易くなっているからです。次に顎の小さい方にSASは多いです。 顎の小さい方は肥満でなくても気道がもともと狭いので、少し体重が増えわずかに首回りが太くなっただけでもSASになってしまいます。当然、高度の肥満でかつ顎も小さい方は、かなりSASの可能性が高いといっていいでしょう。あと寝るときの姿勢や枕の状況によってさらに気道が狭まるとSASが増強します。 次に高血圧の視点からSASをみてみると、肥満そのものが、脂肪細胞から分泌されるホルモンによって高血圧を引き起こす上に、これにSASが加わるとそれがさらに高血圧を助長し悪循環に入ります。またアルコールも結構くせもので、適量ならば高血圧にはむしろ良いのですが、過度の習慣的摂取は直接高血圧を惹起するばかりか、アルコールが脳の呼吸中枢を鈍らせ、呼吸を元から抑えてしまうためSASをかなり悪化させ、それがまたさらに高血圧を助長するという悪循環に入ります。 そして、皆さんはもうお気づきかもしれませんが、SASが影響する病気はなにも高血圧だけではありません。そうです、自律神経、免疫、が関係する病気の発症、肥満が惹起する病気の悪化、酸素不足が引き起こす、あるいは悪化させる病気に、幅広く関連することは間違いありません。そして病気だけでなく、睡眠の質が低下することによる昼間の眠気が事故すら起し得るのです(図参照)。 では、どの様に対処したらよいのでしょうか? SASの確定診断と最終的な治療方針決定には専門施設における終夜検査(1泊入院)が必要ですが、まずは自分がSASでないかどうか疑うことは重要です。もしご自身が肥満気味で日中何となくだるい、眠い、血圧が高い、薬を飲んでいてもなかなか血圧が下がらない等、思い当たることがあれば、自分に“いびき”がないか家族やパートナーに聞いてみると良いかもしれません。お一人暮らしなら最近はスマホのアプリやボイスレコーダーなど便利な録音方法があるので寝る前にスイッチを押して眠り、後から“いびき”がないか聴くのもありかもしれませんね。無論、心配ならすぐにかかりつけ医に相談するのは良いと思います。専門施設でなくても簡易の無呼吸モニターを使って疑い診断をつけてもらえる場合もあります。 専門施設では確定診断後、重症度によって次の治療方法を勧められることがあります。 ①経鼻的持続陽圧呼吸療法(Continuous Positive Airway Pressure:CPAP):これは鼻マスクを介して空気を送り、気道を広げる治療法で、中等症以上(低呼吸、無呼吸が1時間に20回以上)のSASで保険適用です。 ただ、寝る前に顔に装置を取り付け、寝ている間も機械が空気を送るので、煩わしさから治療が続かない人が結構いることが問題となっています。 ②口腔内装着(マウスピース):軽症のSASに行われます。これはマウスピースを寝る前に装着することによりにより強制的に下顎を前方に移動して固定させ、喉の奥の気道のスペースを広げようというものです。これも、寝ている間、歯の上に装着するため、熟練した歯科医が、虫歯、歯周病、顎の関節に異常がないかチェックした上でその人に合わせ作成する必要があります。 ③手術療法:SASの原因となっている気道の狭い場所が明確な場合に適応され、例えば小児のSASは大半は扁桃腺が大きいことが原因で、扁桃摘出手術が有効です。しかし、成人の場合は、狭い場所が明確でないことが多く、手術療法は慎重な判断が必要です。しかし、もし狭い場所が明確であり、かつ患者さんが手術を受け入れる気持ちが高い場合は、むしろ手術療法は、あくまで対症療法であるCPAPやマウスピースと比べ、術後は何か装置を装着するという煩わしさが無くなる場合があります。そしてそれは医療経済的にも良い結果となります。 しかし、これら専門的治療をしても、根本の問題を解決していることにはなりません(③の手術療法は根治と言えないことはないかもしれませんが、身体にメスをいれることになり、敷居も高く適応も限られます)。そこで、これら治療を受ける前、もしくは同時並行でも、試みるべき方法はあります。 これは、皆さんもうお気づきと思いますが、そう、まずははダイエットや運動によりとにかく痩せること、そして運動により呼吸力を鍛えること、呼吸にとって重要な肺機能に悪影響を与える喫煙をやめること、呼吸中枢を麻痺させる過度のアルコールを控えることなど、自分でできることはけっこうあります。そしてこれらは、聞いてわかるとおり、SASの予防、治療に効果があるばかりか、SASの有無にかかわらず、高血圧に代表される生活習慣病、他、万病(図参照)の予防、治療に、効果があるということは言うまでもないでしょう。 「睡眠に勝る良薬はなし」とか、「睡眠は万病に効く」とよく言われますが、全くその通りだと思います。しかし、いくら睡眠に気を使ってもその質が重要であり、特にこのSASがもし隠れていようものなら、元も子もありませんね。よく眠るために良かれと思って使う睡眠薬もSASにはアルコールと同じ理屈で脳の呼吸調節を抑えてしまうことがあるため、かえって悪化させてしまう場合もあり、注意が必要です。 SASと関連のある病気は、図の如く精神疾患から生活習慣病、そしてがんや事故まで多彩です。自律神経が関係することから、“はっきりしない”、“つかみどころのない”症状の原因としてSASが関係していることも充分考えられます。 「万病の影にSASあり」。「たかが“いびき”、されど“いびき”」。“いびき”の音は、表題にある高血圧症のみならず、万病発症への警鐘なのかもしれませんね。 |
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