JunJun先生の第34回 Jun環器講座

  心臓の貼り薬   ~貼り薬の歴史②(貼り薬の変遷)~

船戸クリニック 循環器内科 中川 順市

 先回、日本における貼り薬の歴史について、①その始まりは奈良時代に端を発し、江戸時代後期に蘭学との融合を経て、民間医療も含め、伝統的に“患部に膏薬(こうやく)を貼る”という日本独自の文化が根付いていったと考えられること。 そして、②この文化の背景のもと1970年代に、日本の西洋医学領域においても、既にアメリカから1900年代に入っていた坭状(=pap (パップ))の薬を改良し、縦・横何cmといった規格にきちんと成形された 成形貼り付け剤型の“パップ剤”が、湿布薬として日本で生まれ、多用されたこと、を書きました。(詳細は先回の“心臓の貼り薬①”を御参照下さいね)。

 初期の日本の(成形)“パップ剤”は、貼り付けると清涼感(メントール、サルチル酸、カンフル)や温感(唐辛子の成分であるカプサイシン)を感じさせる成分がゲル状の基材に含まれるのみでした。これらは第一世代の“パップ剤”と言われますが、理論的にはこれによる冷感も温感も皮膚感覚のみのものであり、実際、温度的にはほぼ変化ない状況であったのにも関わらず、何故か、患者(日本人)の評判はよく、現場の医師・患者にも強く浸透し受け入れられていきました。後にサルチル酸には多少の抗炎症効果があることはわかりましたが、後述する第二世代の“パップ剤”に含まれる科学的な消炎鎮痛剤成分の効果とは比べ物になりません。ですから有効であった理由としては、私の個人的な考えも含まれますが、痛みの中には、最近では精神的なものや、脳の痛み記憶が関与するものがあるとも言われていることから、第一世代の“パップ剤”の効果の実際は、実は、湿布薬の基材に含ませた前述の成分による皮膚感覚や独特な香りがもたらしたプラセボ(偽薬)効果や、脳の痛み記憶のセンターへの働きかけであったり、更に言えば、ここにおいても日本人の心の中にある「痛いとこに膏薬を貼ると良い」という文化の存在が、鎮痛効果を高めていたのではないかとさえ思うのです。

 但し、1985年頃から日本の西洋医学領域における湿布薬(貼り薬)に関する考え方が変わってきます。それまで(第一世代)は、単に痛いところに膏薬的に貼って(実際は伝統的な膏薬ほど薬効にこだわっていない)患部を冷やすか、温めるかの目的(実際は温度はそれ程変わらない)、或いは、理屈は別にしてなぜか効果があり、評判もいいので使われてきたというのが実際のところでしたが、1987年に、従来、飲み薬や注射薬に使用されてきた化学的な消炎鎮痛物質が成分として含まれた第二世代の“パップ剤”が上市され、その頃から、貼り薬を、「経皮吸収型製剤」として位置つけるようになりました。即ち、従来、薬物の投与経路は経口(口から薬を飲む)、経静脈(静脈注射、点滴)、皮下、筋肉(皮下、筋肉注射)が殆んどでしたが、本来バリア機能の強い皮膚を、薬物投与経路の一つとしてみなし、パップの基材を工夫することで何とか、消炎鎮痛剤成分を効率よく吸収させ、更には患部のより深い部分へ到達させ効かせようというDDS(Drug Delivery System:薬物輸送システム)の概念を取り入れた製剤が開発され始めたのです。それに伴い、剤形そのものも工夫され、従来の“パップ剤”に加え伸縮性に富み、剥がれにくい“テープ剤”も開発されました。(図)

 この、“皮膚を薬物投与経路の一つとしてみなす”という考え方は、ほぼ時を同じくして湿布薬以外の他の薬剤にも応用されるようになり、薬物の種類によっては、局所ではなく、皮膚からさらに浸透した先のリンパや血管を介して血流に乗せ、全身に廻らすことで効果を発揮することが可能ということがわかりました。そしてさらに基材の性能を工夫することでその薬物の血中濃度維持力をコントロールすることもできるようになりました。この概念をTTS(Transdermal Therapeutic system: 経皮治療システム)といい、その後、この仕組みを取り入れた製剤が、色々な分野で数多く開発されるようになりました(図)。
 
 このような流れから、最近では、貼り薬は、(A)局所作用型貼付薬と (B)全身作用型貼付薬 (TTS薬)に分類されます。(A)の目的は、皮膚を介してできるだけ患部の周辺に深く、薬剤を浸透保持することであり、これには前述した湿布薬などの消炎鎮痛薬、他に皮膚炎治療薬、局所麻酔薬などがあります。(B)の目的は皮膚を投与経路として薬物を血管やリンパに届かせて血流に乗せ、全身に作用を発現させることであり、これには喘息治療薬、狭心症薬、降圧薬、認知症薬、更年期治療薬(ホルモン剤)、頻尿治療薬、癌性疼痛に対する麻薬性製剤などがあります。

 (B)のTTS薬こそ、世界で最初に承認されたのは米国でしたが(1979年、乗り物酔い予防のスコポラミン)、今では(A)(B)の多くが、日本の発信で、欧米で開発・販売されているのです。そして今後も様々な診療分野における様々な成分の貼り薬が開発され、「膏薬の文化」を持つ日本を中心として世界へ広がっていくことでしょう。

 表題の“心臓の貼り薬”とは、(B)の中の狭心症薬、降圧薬として存在している貼り薬を指しています。次回はいよいよ本題の心臓の貼り薬について書いていきたいと思います。