JunJun先生の第36回 Jun環器講座 心臓の貼り薬 -高血圧症に対する貼り薬-船戸クリニック 循環器内科 中川 順市 心臓の貼り薬(経皮吸収薬)には現在、①狭心症に対するものと②高血圧症に対するものがあり、先回は、まずもって①の狭心症に対する貼り薬について書きました。今回は②の高血圧症に対する貼り薬について書いてみたいと思います。 高血圧症に対する経皮吸収薬(貼り薬)は、今のところ世界に唯一つ、日本のある製薬会社で創られたものしかありません(2017年現在)。そして、それは、先回書いた「狭心症に対する“硝酸イソソルビドのテープ剤”を大阪のフィルム会社と提携して世界で初めて創った製薬会社」が、更にそのノウハウを生かし、発展させて完成したのです。 高血圧症に対する飲み薬は、その成分において幾つか種類があります。専門的な分類にはなりますが、それらは①カルシウム拮抗剤、②RAS系阻害薬、③降圧利尿薬、④β遮断薬(α遮断を含む)となります(詳細は省きます)。以前は①~④まで、どの薬においても高血圧症に対する第一選択薬(まずもって使用する薬)としてふさわしいとされていましたが、効果や扱い易さ、および副作用の観点から、医師の処方数は、これら4つのうち①②が多い傾向にありました。 従って、この会社も、“高血圧症に対する貼り薬”を創ろうと考えた際、できれば①②の成分を使った貼り薬を創りたいと考えました。しかしながら、①②の成分においては、試作段階で皮膚からの吸収(経皮吸収)が思うように行かずに断念、結果的に経皮吸収の安定性の観点から④のβ遮断薬が成分として選択され製剤化、2013年に世に出たのです。 しかし、残念なことに、2014年の日本の“高血圧治療ガイドライン”において、治療の第一選択薬(飲み薬)としては、①~③までが推奨とされ、なんとこの貼り薬の成分として採用された④のβ遮断薬は高血圧治療の第一選択薬から外されてしまったのです。 この様に書くと“この貼り薬の未来は暗いのでは?”と思われがちですが、私を含め循環器内科の医師は必ずしもそうは感じておりません。私の場合むしろ多くの可能性を感じています。その理由は、このβ遮断薬という薬の性質と歴史に関係しています。 交感神経は自律神経の中でも興奮の神経とも言われ、刺激されると心臓も興奮し、収縮力と脈拍が増加します。心臓にはこの刺激の受け皿(受容体)であるβ(ベータ)受容体というものがあり、何らかの原因(例えばストレスなど)で交感神経が刺激されると、これを介して心臓は収縮力と脈拍を増加させます。すると当然、血圧も上昇します。 β遮断薬は、1962年に世の中に登場し、心臓の交感神経の刺激の受け皿(受容体)の一つであるこのβ受容体を遮断することで、心臓の収縮力と心拍数を抑えることで血圧を下げます。これが、“β遮断薬が血圧を下げる主な仕組み”となりますが、この薬の魅力や本領は、実は、“血圧を下げる”ことではなく、“心臓の収縮力”と“心拍数”を抑える性質にあるといっても過言ではありません。 私が医学生の頃、β遮断薬は、この“心臓の収縮力”を抑える作用の為に、心臓の力の弱い人、即ち心不全の患者さんには“心臓を弱めてしまう”として決して使ってはいけない薬でした。 一方で、そのような患者さんに対しては、心臓の収縮力を強める為に、更に交感神経を刺激したり、収縮力を強めたりする強心薬を使って、いわば“心臓を鞭打って無理やり動かす”というような治療法が、主体的に行われていました。 今でも重症期や急性期はその方法がとられることはありますが、慢性期になってもこのような治療を続けると、当初は頑張って動き、一旦回復したように見えた心臓も、そのうち鞭に反応できなくなるほど疲れてしまい、結果的には早くに力尽き、かえって生命予後を悪くすることがわかってきました。 そこで、注目されたのがこのβ遮断薬です。 心不全の病態は、何らかの原因で弱った心臓が、“全身に向けて血液を送り出したくても出しきれない状態”となることから自らにも負荷がかかり、またそんな中でも頑張って送りだそうとするため、交感神経が過緊張状態となります。その結果、頻脈(脈が速くなること)にもなり、エネルギーを浪費し、更に自らを弱めていってしまうという悪循環に陥ります。 この様な状態に対して、過去の治療法では前述の如く、更に交感神経を刺激したり、収縮力を強めたりする強心薬を積極的に使用し、心臓をより強く動かすことで目先の状態を改善させてきました。 しかし、弱った心臓のエネルギーには限りがあり、機械ではないので無理やり動かされれば、更に疲れ、エネルギーは枯渇し力尽きることになります。 そこで、1990年頃、逆転の発想が生まれました。弱った心臓の機能が破綻しないギリギリのところで、このβ遮断薬を少量から使って、交感神経過緊張にブレーキをかけ、エネルギー消費を節約しながら心臓をエコ運転させることで、長持ちさせ、その間に、心臓自らの回復力で収縮力が蘇ってくるのを待つ、という治療が考えだされたのです。 この方法は、試行錯誤の末、私が循環器医になって数年後くらいから臨床の現場でも試みられるようになり、そして今では治療のスタンダードとなっています。 β遮断薬は心臓の状態の改善に合わせ、少量から徐々に増量します。途中で心臓の状態が悪化すれば、もとの量に戻します。車に喩えれば、“下り坂でスピードを一定に保つために徐々にブレーキを強め、スピードが落ち過ぎればブレーキを緩め、アクセルはなるべく踏まない”という治療です。 この様に、なんと、昔は、“心不全に決して使ってはいけない薬”が、今では“心不全治療に無くてはならない薬”に180度、変わってしまったのです。 話は変わり、不整脈という疾患がありますが、これは、“心臓の興奮の異常”により脈が異常に速くなったり、遅くなったりする状態を言います。そして、その中で、“興奮が過剰となり脈が異常に速くなる不整脈”を“頻脈性不整脈”と言います。種類は色々あり、詳細は省きますが、これらの治療にも、しばしば、β遮断薬が用いられます。 重度かつ緊急を要する時、或いは治療に難渋する場合には、最終的に“もっと強力な薬物治療”や“電気ショック”、“カテーテルアブレーション治療”等で、“不整脈を止めて元に戻す治療”が行われますが、 例えば心房細動という不整脈の場合、β遮断薬は、交感神経刺激を抑えることで心臓の異常興奮の勢いを鎮めてくれるので、不整脈を完全に元に戻すには力不足ではあるものの、まずもって心拍数を下げ、脈をゆっくりにすることで患者さんの自覚症状を改善させるのに非常に役に立ちます。そして元に戻った後の再発もある程度予防してくれます。 また、もともと、高血圧の薬ですので、“もっと強力な薬物治療”に比べて副作用も少ないため、使いやすく、更に、もともと高血圧のある人にとっては血圧も下がり、一石二鳥の治療ともなります。 また、このβ遮断薬は“身体を動かしたとき脈が速くなることで生じるタイプ”の狭心症の発作も予防してくれるので、先回書いた“狭心症に対する貼り薬”ともしばしば併用されます。 この様にβ遮断薬は、現在の心不全治療、不整脈治療、狭心症治療には無くてはならない薬なのです。 したがって、高血圧治療の第一線から外れたとしても、それ以外に前述のような大切な使い道が十二分にあるので、決して悲観することはないのです。 そしてこのβ遮断薬が貼り薬になったということは、更に色々な可能性とメリットがあると考えます。可能性としては、言うまでも無く、従来、飲み薬において行われてきた“心不全治療”、“不整脈治療”、“狭心症治療”への応用です。 メリットとしては、飲み薬と違って、経皮吸収という特性から、ゆっくりと効き始め、そして長く血液中の濃度を維持できるため、“心臓の力を弱める”とか“血圧や脈を下げ過ぎる”といったβ遮断薬の副作用が出にくいだけでなく、翌朝までしっかり効果が持続するため、早朝、身体が起き出した頃の交感神経緊張が原因となる朝方の頻脈、心不全、高血圧を、飲み薬よりも予防できる可能性があります。 また、これは経皮吸収薬全体にも言えることですが、貼り薬である為、既に飲んでいる薬の数が多い患者さんにも受け入れられ易く、口から薬を飲むのに難のあるような高齢患者さんでも“他の人に貼ってもらう”などの方法により、薬効を維持・継続し易いと考えられます。 また、副作用が心配となった場合、飲み薬と違って、剥がしてしまえば、薬剤成分がそれ以上体内に吸収されるのを中断させることができます。 この様な可能性とメリットが期待される“β遮断薬の貼り薬”ですが、実は、まだ、“高血圧症に対してのみ”しか保険適応が認められていないのです。 しかし、心不全、不整脈、狭心症を発症する患者さんの多くが、高血圧症を持病として持っていることが多い為、その様な患者さんには、保険を適応して、高血圧症とともに、実際は、心不全、不整脈、狭心症を主なターゲットとして治療することも可能なのです。 β受容体は心臓以外にも肺などに存在し、特に肺において交感神経の刺激は気管支を拡張させます。 したがって、従来、β遮断薬で交感神経の刺激を抑えることは、肺においては気管支を収縮させてしまい、気管支喘息患者さんの発作を誘発・悪化させる懸念がありました。 しかし、この貼り薬のβ遮断薬は、心臓にはあるが肺にはないβ受容体(β1受容体)のみに働く成分であり、肺や気管支にあるβ受容体(β2受容体)は遮断しない為、気管支喘息への影響が理論上なく、また喘息の治療に使われる交感神経刺激(β2刺激薬)の貼り薬とも拮抗なく併用できるのです。 循環器疾患の飲み薬による治療は、障害のある心臓の機能を維持するため、様々な角度から違う作用の薬を併用します。ですから、どうしても患者さんに飲んで頂く毎日の薬の数が多くなりがちです。 例えば、心筋梗塞になった患者さんなら、まず、傷んだ心臓の、“負担をとる薬”、“脈を整える薬”、“長持ちさせる薬”、再び血管が詰まらないように、“血管を拡張させる薬”、“動脈硬化の進行を防ぐ薬”、そして“血液をサラサラにする薬”、といった感じでこれだけでもう6種類になってしまいます。 その上、心筋梗塞の発症に関与した持病の高血圧や糖尿病があれば、更に3~4種類は増えてしまいます。 自分を守る為とはいえ、“薬を飲むだけで腹が膨らんでしまう”、“数が多すぎて飲む気も失せる”という患者さんの気持ちもわかります。実際、薬の数が多いことが原因で治療から脱落してしまう患者さんも少なくありません。特に、加齢などにより薬を飲みこむのがつらくなってきた患者さんにとっては1剤でも飲み薬が減ることは、本当にありがたいことなのです。 その様な中、飲み薬から切り替え可能な貼り薬が、循環器分野に限らず数多く登場することは、各分野の疾患においても、治療からの脱落を防ぐ手段の一つとなり得るので、今後、多くの分野における貼り薬の登場に期待したいと思います。(それにより、ひょっとしたら、将来的には、飲み薬を使わず、貼り薬の組み合わせのみで結構な疾患まで治療するという患者さんも出てくるかもしれませんね)。 |
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