JunJun先生の第38回 Jun環器講座

  ―優秀な心臓病治療薬となるかもしれない糖尿病治療薬― 

船戸クリニック 循環器内科 中川 順市

 糖尿病は、以前から、“心筋梗塞、脳梗塞など血管が詰まることにより生じる重篤な病気”の危険因子であることは知られてきました。これらは“心血管病”と言われ、ともすれば死に至ることもあり、これらが原因の死亡を“心血管死”と言います。

そして、糖尿病の患者さんにこの“心血管死”が起こる確率は、糖尿病でない方の2倍~4倍とされ、糖尿病の患者さんが突然に死に至る原因には、この“心血管病”が大きく関連していることが多いこともわかっています。

ですから循環器の医者が「糖尿病の治療薬に期待すること」は、単に糖尿病の状況を良くすることだけでなく、この“心血管死”を確実に減らすことなのです。

 糖尿病による高い血糖が血管を傷害することは実験レベルではわかっており、また、前述のごとく糖尿病の患者さんの“心血管死”が統計的に多いこともわかっているので、単純に考えると、とにかく糖尿病を良い状態にさえすれば、“心血管死”は減る筈です。

しかし、なんと予想に反し「糖尿病を良い状況にすることと、“心血管死”が減ることとは、必ずしも一致しない」というパラドックスが長年続いてきたのです。

 糖尿病の改善の指標として、HbA1c(1~2か月の平均血糖値)が用いられるのですが、各糖尿病治療薬においては、このHbA1cを有意に改善させる効果が要求されており、現にその効果によって処方薬としての承認を得ています。そして糖尿病によって“細かい血管”が障害されること(細小血管障害)でおこる3大合併症(網膜症、腎症、神経障害)の発症は、各糖尿病治療薬による早期の治療開始によって有意に抑制されることが大規模臨床試験においても確認されています。

このように、各糖尿病治療薬が、単に“糖尿病の状態を良くする力”については、ある程度納得のいく結果が得られてきました。

 しかし、太めの血管の障害(大血管障害)により生じる“心血管病”においては、今まで、各糖尿病治療薬において大規模臨床試験が行われてきましたが、“死亡に至らないレベルの心血管病”の発症は抑制したという結果は得られたことはあっても、肝心の“心血管死”を抑制したという充分な結果は得られていませんでした。

それどころか、途中、古くから糖尿病治療の中心を担い今でも多くの患者さんが受けている“インスリンを外から注射する治療”や、“膵臓から分泌される自らのインスリン*1 を絞り出す“SU剤”いう飲み薬”を使って、“厳密な血糖調節”が行われた場合には、良い結果を予想したにもかかわらず、低血糖*2 の副作用などによりかえって“心血管死を含む総死亡”が増加したというショッキングな結果が報告されました。

また、ある“チアゾリジン系”というジャンルの “インスリンの効きを良くする薬”においては、せっかく“心血管病”の発症の抑制はある程度認められたものの、心臓病の最終状態とも言える“心不全”の副作用があり、心臓病の患者さんに投与しにくいという本末転倒の結果報告となってしまいました。

そして、約10年前に世に出た“インクレチン関連薬”というジャンルの薬があるのですが、これは、“SU剤”と違い、摂取した糖分に応じてでしか膵臓からインスリンを絞り出さないため、インスリンの作用で血糖はよく下げるにもかかわらず、理論上単独では“心血管死”にも関連するとされる低血糖をおこしません。

ですからこのジャンルの中の“DPP4阻害薬”という飲み薬は、糖尿病専門医でなくても安全に処方でき、かつ糖尿病の状態もよく改善するため、現在、最もよく処方される糖尿病治療薬となっています。

実験レベルでもこの薬による心臓保護や血管保護効果が認められたので、今度こそ、この薬が“心血管死”を減少させるのではないかと期待されましたが…

大規模臨床試験の結果は残念ながら“心血管死”を減少させるには至らず、このジャンルの一部の薬においては“心不全入院“が増えたという報告さえもありました。

このようなことから、数年前までの糖尿病治療薬は、糖尿病の状態の改善とその3大合併症の予防においては納得のいく成果を上げてきたものの、“心血管死”の減少においては“循環器医の期待”に充分応えられないばかりか、時に失望すら感じる結果もあったのです。

 その様な中、さらに数年前(2014年)、新しい糖尿病薬が世に出てきました。これは“SGLT2阻害薬”というジャンルの薬ですが、細かな理窟を抜きにしてその作用を簡単に言うと、「食べた物の糖分を身にすることなく食べたそばから尿へ排出させる薬」です。この薬は一日に約300Calの糖を排出する力を持っており、これはご飯(米)、茶碗大盛り1杯に相当します。当然、糖尿病の状態(HbA1c)は有意に改善させます。

最初、この薬は、食べ物の糖質を身体で利用することなく捨ててしまうので、体内での“食品ロス”のように言われ、一部の糖尿病専門医の重鎮からは倫理的な批判すら受けました。

また、原因不明の皮膚炎の副作用や、膀胱内に細菌の餌となる糖分が増えることによる膀胱炎の副作用、そして糖分と一緒に塩分や水分も排出するため、高齢者における脱水、血圧低下の副作用が危惧され、日本における発売当初、殆どの医師が処方に慎重でした。

しかし循環器医の多くは、それらの副作用が生じる機序について別の視点を持ち、密かに注目していました。

例えば、①塩分の排出は高血圧にも良いのではないか、②糖分の排出は過剰な糖質を制限することと同じになるので、それが肥満(メタボリック症候群)の解消に働くのではないか、③水分の排出は、溢水が原因である”心不全”に良い効果をもたらすのではないか、と考えていたのです。

言うまでもなく高血圧やメタボリック症候群は、糖尿病と並び“心血管死”の危険因子の最たるものであり、“心不全”は“心血管病”の終末状態なので、この薬は、今度こそ“心血管死”の減少に寄与してくれるのではないかと期待していたのです。

ほどなく、この薬の副作用について、皮膚炎も脱水傾向による皮膚乾燥が原因の殆どであることがわかり、保湿剤の使用や、水分を充分摂ることで、膀胱炎、脱水の副作用とともにある程度予防可能ということが示唆されました。そして、この様な対策とともに、処方する患者さんのターゲットを、比較的若年の肥満で体力のある患者さんに絞れば、この薬の血糖降下作用はインスリンを介さないため理論的に単独では低血糖も生じないため、当初の印象とは違い、むしろ比較的安全に処方できる薬であることもわかってきました。

また、痩せるという効果もあることから、比較的肥満の女性の糖尿病患者さんにおいて、副作用の説明を十分にするにもかかわらず、怖がらずに受け入れが良い印象もあります。

そして、いよいよ2015年、良い意味で衝撃的な大規模臨床試験の結果が出ました。

何と、ある会社のSGLT2阻害薬を投与された群が偽薬投与群に比べて“心血管死”を38%も減少させたのです。そして総死亡を32%、さらに“心血管病”の有無にかかわらず“心不全”の入院さえも35%低下させました。

これは糖尿病の患者さんの3人に1人の割合で“心血管死”、“総死亡”、“心不全入院”を防いだことになります。

そして後に(2017年)この効果は、各会社のSGLT2阻害薬に共通の効果であることも証明されたのです。

これぞ、循環器医が待ちに待った、まさに「糖尿病薬が循環器医の期待に応えた」結果でした。

しかし、この薬においてのみ、なぜここまで画期的な結果がでたのでしょうか。

今までの糖尿病薬も糖尿病の状態(HbA1c)は有意に改善してきました。にもかかわらずこのSGLT2阻害薬のように“心血管死”を有意に減少させたものはありませんでした。その理由は今後検討されていきますが、おそらく従来薬同様の糖尿病の状態改善にプラスして、当初は副作用の誘因として危惧されたこの薬に特徴的な上記①②③の効果が、複合的に働いた結果であると考えられています。

 この結果からすると、SGLT2阻害薬は、糖尿病治療薬としてだけでなく、心臓病治療薬としても、既存のものに匹敵あるいはそれ以上の力を有している可能性も考えられます。

 おそらく、今後、この薬、まずは糖尿病治療において、“糖尿病以外に“心血管病”の危険因子、特に、肥満、高血圧を併せ持つ患者さん”には、第一に選択される薬になることが予想されます。
そして、将来的には“患者さんの糖尿病の有無に関わらず”、優秀な心臓病治療薬として使用されるようになる日がくるかもしれません。

*1インスリン=血糖を下げるホルモン、*2低血糖=血糖が下がりすぎ時に意識障害や突然死をおこす)