JunJun先生の第40回 Jun環器講座

  -女性と心筋梗塞- 

船戸クリニック 循環器内科 中川 順市

  “心筋梗塞”とは、心臓自身を栄養する冠動脈という血管が、動脈硬化が原因となって生じた狭窄(狭くなること)や血栓(血の塊)によって突然詰まり、重症の場合は心臓が突然止まったり、心臓の筋肉の一部が壊死したりする病気です。

そして、ともすれば急死の原因となり得ることから、循環器の病気(心臓病)において“最も注意すべきもの”の一つとして、今までもこの通信においてしばしば取り上げてきましたが、今回は、少し視点を変えて、女性と、この心筋梗塞との関係について書いてみたいと思います。

 さて皆さん、まずはこの“心筋梗塞”、男性と女性において、いったいどちらに多いと思いますか?

大半の方が、男性に多いというイメージを持っているのではないでしょうか。

しかしながら、厚生労働省の死亡統計によると、なんと心疾患の死亡者数は男性よりも女性に多く、その半数は“心筋梗塞”などの虚血性心疾患(心臓の冠動脈の血流不足が関連する疾患)であるというのです。

このように書くと、驚くと同時に不思議に思う方も多いことでしょう。

一般的に、男性は女性よりも、暴飲暴食、喫煙に走り易い、職場では中心的な役割を担うことが多くストレスも多い、そして肉体労働、特に脱水となって血管が詰まり易い暑い夏や、急激な温度差で血管に負荷のかかる寒い冬の外仕事に従事する機会も多いなど、心筋梗塞になり易い要因を圧倒的に多く持っています。また“平均寿命そのものは女性の方が長いのに何故だろう”と思う方も多いことでしょう。

その答えの一つは、まさにこの寿命にあります。

 “心筋梗塞”は動脈硬化が主原因であるので、高齢者になればなるほど発症し易い疾患であることはお解り頂けると思います。

ですから、長生きすればその分この病気とそれによる死亡が増えてくるのは自然なことですね。

即ち、昨今の高齢化,特に女性の高齢者が増加したために、最終死因としての心疾患・心筋梗塞による死亡が増え、結果的に女性の方が多くなっていると考えられるのです。

 そこで、今度は、統計的に高齢化の要因を排除した年齢調整死亡率というものをみてみると、やはり皆さんのイメージ通り、心疾患による女性の年齢調整死亡率は男性の約半数となり、実質的には女性は男性に比べ、心疾患とその約半数を占める“心筋梗塞”にはなりにくく、死亡することも少ないことがわかっています。
そして、女性が“心筋梗塞”を発症する確率も男性の1/5~1/3と少なく,さらに男性は30代から発症が見られ平均発症年齢は55?65 歳であるのに対し,女性は40代から発症がみられ平均発症年齢65~75歳以上と約10年遅れて発症することがわかっています。

 つまり、ここから言えることは、“心筋梗塞”は全体では男性より女性の方が多いものの、それは女性の方が長生きであるからであって、高齢化の要因を排除すれば、やはり男性の方が多いということです。

しかも、女性の方が発症のピークは遅く、昨今、男性で危惧されている若年~働き盛りの時期の心筋梗塞発症と死亡、女性でいえばそこは出産、子育ての時期にあたるわけですが、女性の場合、その時期の発症は、まるで“何かに”守られているように抑えられています。

 ただ、手放しで安心することはできません。今度は女性だけの統計を見てみると、女性の“心筋梗塞”の発症は50歳以降に急激に上昇し75歳で男女差がなくなるほどの加速度で追いつきます。そして、65歳以上では女性の“心筋梗塞”による死亡率は、なんと“がん”を抜いて第一位になってしまうのです。

 なぜ、このような現象がおこるのでしょうか。その答えの一つに、概ね50歳以降の女性に生じる女性特有の“身体の変化”があります。

女性はもうお気づきかもしれませんが、その“身体の変化”とは“更年期→閉経”です。

では、女性の“身体現象”であるこの“更年期→閉経”と心臓の“病気”である“心筋梗塞”、一見結びつきがないように思われるこの二つに、いったいどのような関係があるのでしょうか。

 女性が、広い意味でいわゆる“女性らしさ”を保ち、妊娠、出産という女性にしかできない役割にも密接に関係する“女性ホルモン”、その中に“エストロゲン”というホルモンがあります。なんとこのエストロゲンには、心臓、血管を保護する作用があるのです。

細かくに言いますと、エストロゲンは血管を拡張し、血管の壁が分厚くなって狭くなるのを防ぐ作用、即ち“動脈硬化を直接的に防ぐ作用”を持っています。

 また、高血圧、糖尿病、脂質異常症など動脈硬化の原因となる病態を改善することで“間接的に動脈硬化を防ぐ作用”も合わせ持っています。

 したがって、このエストロゲンが充分に分泌されている期間は、女性は前述の如く、冠動脈の動脈硬化が原因である“心筋梗塞”からかなり守られているのです。

 そして、 “比較的若い時期に、女性は男性より10年長く“何か”に守られている”と書いたその“何か”とはこのエストロゲンのことなのです。

これは、妊娠・出産・子育てという女性に本能的に備わった働き・役割を無事成就させるために神様からもたらされた(半ば強制的な)ギフトなのかもしれませんね。

 ※(女性にとってそれらをすることが絶対的であるというわけではないと思うのでこのように表現しました)

ただ、残念ながらこのギフトにも期限があり、閉経をむかえると状況は変化します。
閉経をむかえると、エストロゲンは急激に減少するため、 あたかも“はい、もう役割おしまい”と、見放されたかの如く一気に動脈硬化が進行し、高血圧、糖尿病、脂質異常の発症率が高まります。

このことが前述した50歳以降の女性における“心筋梗塞”の急増に繋がるのです。

 そしてさらに注意が必要なことがあります。

 女性は、狭心症(心筋梗塞の前段階)や“心筋梗塞”になった場合、典型的な症状である“胸痛”、“冷や汗”などを呈さない場合も多く、例えば息切れ、吐き気、動悸、背中の痛み、喉・顎の痛みなどの非典型的な症状であることも多く、ともすれば“更年期障害の症状の続きだろう”と軽視されてしまうことがあるのです。

 また出産を経験しているが故に、“痛みに強い”ことが、かえって仇となり、男性よりも強い痛みを我慢して(できて)しまったり、また(痛みに弱い)男性のようにすぐに自分で救急車を呼ぶというような積極的な行動にでられない場合も多いことから、昨今の発展した診断・救命率の高い、冠動脈CTや造影検査・カテーテル治療を受ける頻度が少ないという報告があります。

このような理由から、女性が“心筋梗塞”を発症した場合、男性よりも発症から診断治療までの時間に遅れが生じる場合があり、その結果、心筋梗塞後早期の死亡率は女性・特に比較的若い女性で高くなっていると報告されています。

 このような事態を極力防ぐためにはどうしたらよいのでしょうか。

それにはまず、閉経後を見据えてエストロゲンが減り始める更年期、さらにはそれ以前から“血管を守っておく”ことが大切であり、それ即ち動脈硬化の予防です。

動脈硬化予防には、女性に限らず、高血圧、糖尿病、脂質異常、肥満を生じないような食餌、運動、生活習慣の改善が大切です。

閉経前にもう既にこれらの疾病のある人は、栄養指導、運動療法、薬物療法も含め、積極的に治療しましょう。閉経の時期に既に動脈硬化がある程度進んでしまっていると、閉経後、より“心筋梗塞”の発症率が高まることは明らかです。

また動脈硬化において、女性は男性よりも糖尿病とタバコの影響をより強く受け易いという報告があります。

 したがって閉経前後の女性の過食、糖尿病の放置、タバコは厳禁です。そしてタバコを吸う男性は大切なパートナーを守る為に副流煙には充分注意してください。いっそそのような男性は、自分のためにも禁煙するのが一番です。自分が早死にするのも嫌でしょうけど、パートナーに先立たれるのもつらいですからね。

 次に、御家庭の主婦で、いままで特に身体に異常が無かったとしても、閉経前後は健康診断などを利用し、血圧、血糖、コレステロールの値や心臓をチェックしてみるのもいいかも知れません。もちろん異変を感じたら我慢せず、積極的に医療機関を受診することも大切ですね。

閉経の時期は、女性にとってある意味人生の節目であると思います。

それまで、出産、子育て、家事、あるいは仕事との両立などに追われてきたところ、ようやくそれらに区切りがついて、これから人生における新たなステージを謳歌しようという時に“心筋梗塞で急死”と言う残念なことだけは絶対に避けねばなりませんね。

 さあ、気をつけましょう。ギフトはもらえなくなっても、神様からは見放されることなく、益々人生を楽しみながら “一生輝く貴女”であるために。

  (どこかの化粧品の宣伝文句みたいですね(笑))