コラム

言葉

かいづ調剤薬局薬剤師 中澤 貴司
私は、3月に癌で亡くなられたIさんを通じて、言葉の重みを考えさせられました。
Iさんは、平成10年8月より訪問服薬指導で関わり、病名は、多発性骨髄腫で、腰椎にも移転がある方で、疼痛緩和の為、麻薬を服用されていました。

疾病の進行は遅く、体調は比較的良好で、どちらかと言えば介護面に問題のある方でしたが、去年の12月頃より、Iさんの体調に変化が起こりました。 体が痛いと訴えられるようになり、薬の量が増えました。

その後、痛みは止まらず、麻薬の増量が続き、今まで自己管理していた薬もヘルパーさんに依頼するようになり、次第に病状も悪化してきたようでした。

私はIさんに対し、薬の効果、服用状況、そして副作用といった薬学的管理の面が気にかかり、訪問時に「痛みはどうですか?」「眠気はないですか?」といったチェック的な言葉が多くなりがちで、身体的苦痛を除去する事に気が集中してしまいました。 Iさんはその時、身体的変化が起こり、不安でたまらなかったと思います。

そこへ、「薬が増えました。眠気はないですか?」と言葉をかけられれば一層不安がつのった事でしょう。

今から思えば、Iさんの精神状態を十分理解した上で他の面からアプローチをすればもうすこし不安を取り除くことができたのではないかと思います。

そして、忘れもしない3月19日、Iさんは、痰がつまるようになり、窒息の可能性が出てきた為、入院される事が決定しました。


この時、Iさんは私に「病院に行きたくない」「帰ってこれなくなるから。」とおっしゃり、私は「そんなことはないですよ。また帰って来て自宅療養出来るから大丈夫ですよ。」
そして、「すぐお見舞に行きますから早く元気になってください。」と、言葉をかけ、約束をし、送り出しました。

その3日後、悲報は届きました。
当初、あまりの早さに言葉を失い、Iさんとの約束を果たせなかった事、どの様な気持ちでいたのだろうと、私の中でいろいろな想いがかけめぐり、自己嫌悪になりました。

安易な考えでIさんを安心させ、病院へ行かせる手段として使用した言葉は、結果として自分の心の中にしこりを残し、後にあちらの世界で私がIさんと会えばおしかりを受けることと思います。

「言葉」それは、人にとってさまざまな形で使われます。 ある言葉は心をなごませ、ある時は、心を傷つけたりします。あたり前の事ですが、容易に使った言葉は時として、人間関係に問題が起きる事があります。
私は、相手の気持ちを考え、心のこもった責任ある言葉を使うことが、人と人との信頼関係を向上させる事が出来る大切な道具である事をIさんに教えられました。
今後、この経験を生かし、皆さんとの対話を大切にしたいと思います。