前回、心筋梗塞になってからの治療法として、「冠動脈カテーテル治療」、および「冠動脈バイパス手術」について書きました。
勿論、心筋梗塞になる前に、事前の冠動脈カテーテル検査によって、近々詰まってしまうような狭い場所(狭窄部)を発見し、上記の治療を施すことも、心筋梗塞の予防として非常に有用であることは言うまでもありません。
このような冠動脈の狭い場所が原因となって生じる血流低下により一時的な胸部痛が生じる状態を狭心症といいます。折しも本年2月、天皇陛下が、この狭心症で「冠動脈バイパス手術」を受けられました。
この狭心症はまさに将来的に心筋梗塞になる可能性の高い状況のひとつであり、上記2つの治療は救命および準救命的な治療法としては非常に重要であることは間違いないでしょう。
ただし、これらの治療は、心臓の血管に限って言えば、すでに終末に近い状態になってからの治療と言えます。特に「冠動脈カテーテル治療」は“身体に対する浸襲が比較的少ない割にその場で得られる効果は劇的”というのは大きな利点なのですが、結局は狭くなった冠動脈のまさにその場所だけをとりあえず修繕する局所治療の域を脱し得ません。
さらに悪い言い方をすれば、血管を通すために無理に広げたり(風船カテーテルによる治療)異物を入れたりして(ステント治療)傷つけるわけですから、身体の方はそれに対抗し、傷を治そうとする力を働かせ、血を止めようとして血栓を作る、傷の修復のために傷を盛り上げるという力を働かせることがあります。当然、血管の中でそれが起これば再び詰まる(再閉塞)、或いは狭くなる(再狭窄)というわけです。
そして先回書きました「不安定プラーク」の問題…、これを放置したままではいくら上記のような高度な治療を何度施してもさらに再発を繰り返すことに繋がり、本当の意味での心筋梗塞の克服には程遠いと言えるのです。
ある冠動脈カテーテル治療の大家の先生が、「心筋梗塞を火事に喩えれば、カテーテル治療は火の手が上がってから消防車で火を消すようなもの、大事なのは日頃の火の用心であり、それを怠れば再び火事になり、何度も消防車のお世話にならねばならない」とおっしゃいました。
これは即ち、消防車のお世話になる前に日頃から心筋梗塞における最悪の火種とも言える不安定プラークをしっかり予防・コントロールしなければならないという意味であり、さらには“不安定プラークの発生や破綻の原因”となる状況や疾病を、日頃からしっかりと予防と治療しておくことが、心筋梗塞による死亡を減らす上では(カテーテル治療よりも)何よりも重要であるということなのです。
歯周病の治療において“プラークコントロール”という言葉があり、皆さんもテレビの歯磨き用品のCMで耳慣れていると思いますが、歯周病のプラークは歯や歯茎に付着・浸潤した細菌や膿(炎症反応物質)の塊のことです。
そしてそれと同様に冠動脈のプラークも血管の内側にできたコレステロールと炎症反応物質の塊のことを言います。
歯周病の場合、糖尿病の患者さんは、歯茎がすぐに膿んで出血するいわゆる歯槽膿漏になりやすいと言われますが、冠動脈における不安定プラークは、これと非常に似た状況であり、通常のプラークよりも破綻しやすいのです。
私は、冠動脈の“プラークコントロール”を担うべき一番の主役は“患者さん自身”であり、そして、次が患者さんの身近でそれをサポートする“クリニックなどのかかりつけ医”であると思っています。クリニックは、防火で言えば地域の消防団のような役割を持ち、「火の用心の呼びかけ」や「見回りと小火の鎮火」のごとく「生活習慣・食事・運動についてアドバイス」や「不安定プラークの発生・破綻の原因となる糖尿病およびその予備軍、脂質異常症(LDLコレステロール高値)、高血圧症の早期発見・治療」をしっかりと行うのが理想であると考えています。
しかし、消防署(車)や消防団がいくら頑張っても、肝心の「家庭における火の元の確認」がしっかりなされなければ火事は防ぎきれません。そういう意味からも、一番のキモはやはり患者さん自身の中にあり、患者さん自身にしかできないこともあるのです。
例えば、プラークの破綻を防ぐために、寒暖の差の回避、禁煙、ストレス解消に努めたり、クリニックで受けたアドバイスや薬の処方を“自分が心筋梗塞にならない為に!!”と自らしっかりと意識して励行、服薬して頂くことは、非常に大切なことであると思うのです。決して“仕方なし”とか“やらされ感”の中では良い効果は得られません。
この辺りのことを、歯周病予防における毎日の歯磨きや、防火における家庭内の火の用心のように、患者さん自身があたりまえのこととしてしっかりと習慣・意識づけていただけると、大変うれしいと思うのです。
(続く)
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