JunJun先生の第11回 Jun環器講座
長寿の秘訣? -高血圧治療に纏わるエトセトラ-
循環器内科 中川 順市
人は昔から不老長寿の方法や薬を求めてきました。しかしながら、医学が発展したといわれる現代においても、未だにそれを手にしたとは言えないでしょう。もちろん長く生きることだけが人生の目的ではないのですが、それでも、“質の良い人生をできるだけ長く”と願いながら日々を過ごすのは、至極当たり前のことであると思います。では、少しでもそれを実現させるために、今現在可能な範囲で何かないものなのでしょうか?
このような思いを反映してか、巷には、いつの頃からか様々な長生きの為の健康法や情報があふれておりますが、そんな中、私が循環器医として興味深く思っているデータがありますので紹介しますね。
医学実験に用いられる実験動物の中に“AT1ノックアウトマウス”と呼ばれるねずみたちがいます。遺伝子操作により、血圧上昇に関係するAT1受容体という細胞が生まれつき無い状態で生まれてくる彼らは、野生のマウスに比べ血圧が低いのは当然なのですが、驚いたことに平均生存日数で6カ月も長生きであることが証明されているのです。なんと彼らの6カ月は人間で言うと約30年に相当します。
実は、現在、病院で処方されている血圧の薬(降圧薬)の中で、既にこのAT1受容体の働きを抑える作用の薬があり、実際、広く使われています。このコラムを読んでいる方の中にも、もし通院して降圧薬をもらっているとしたら、もう、このタイプの薬を服用されている方は多いと思います。ただ、人でねずみたちと同じような長生きのデータを出すには、生後まもなくからこのタイプの薬を大量に飲んで頂く方を募った上で、さらに実証には250年かかりますが…。しかし、このタイプの薬、世に出て15年以上の間に、降圧(血圧を下げること)効果のみならず、長生きそのものでないにしろ、長生きにつながるような臓器の保護効果(腎臓、心臓、脳、血管)を数々実証してきたことは間違いないようです。
では、高血圧の人にとってこのタイプ薬、長生きの薬と言いきっていいのでしょうか。どうやら、今のところそういうわけでもないようです。なぜなら、人における海外の大規模な試験において、このタイプの薬に比べ、さらに以前からある血管を拡張させることで血圧を下げるタイプの薬のほうが、血圧はよく下がり、さらに心臓疾患の危険因子を持つ高血圧の患者さんにおいて、心筋梗塞の発症は少なかったという報告もあるからです。そして、また、方法の如何を問わず、血圧を2mmHg下げると心筋梗塞による死亡は7%減り、脳梗塞による死亡は10%減るというデータもあります。結局のところ、血圧が適正に低いことは良い結果をもたらすが、長生きにおけるこのタイプの薬の優位性ついては何とも言えないとうわけです。
ただし、以上から間違いなく言えることがあります。それはまず、血圧は長生きに関する最も有効な指標の一つであるということ、そして、方法の如何を問わず、とにかくまず血圧を適正な値にしっかり下げることが、臓器を守る為の最大の方法であり、それが“質の良い長生き”につながるということです。
高血圧の治療において、食事・運動等、生活習慣の改善は、最も大切な基本療法であり、欠かすことはできません。そして肥満、糖尿病、脂質異常症(高コレステロール)など、高血圧と合併すると文句なしに寿命を縮める疾病に対しても予防・改善効果があります。ですから“薬を飲んでいるからいい”といって生活習慣に留意しないのはナンセンスです。しかし、逆に“薬は身体に良くないのでは?”と副作用を恐れるあまり、血圧が高いままで、無理して食事・運動療法のみに固執しすぎるのも問題であり、要は、どのような方法でも肝心の降圧が不充分では本末転倒であり、かえって寿命を縮める結果になりかねないということです。先に述べたタイプの薬も、適正な降圧がかなっている条件下なら+αの良い副作用(臓器保護)を発揮し“質の良い長生き”に貢献してくれる可能性を十分秘めていると考えられています。
同じ高血圧症の方でも、若い方、高齢者、太っている方、痩せている方、生活習慣の改善が難しい方、食事や運動或いは薬を飲んでも降圧が不充分な方、もう血圧の影響が臓器に出てきている方、他に持病がある方、経済的に厳しい方等…状況は様々であり、その状況に合った治療法というものがあると考えます。
「患者さんの状況に合った最適な降圧治療をかかりつけ医とともに相談しながら組み合わせ、充分な降圧により適正血圧を目指していくこと」、これも数ある長生きの秘訣のうちの一つであると思うのです。