コラム

JunJun先生の第14回 Jun環器講座

高血圧の手術? ~高血圧治療に纏わるエトセトラ(その4)~

船戸クリニック 循環器内科 中川 順市

  高血圧の治療というと塩分制限などの“食事療法”、“運動療法”、そして薬を飲んで血圧を下げる“薬物療法”を思い浮かべる方が多いと思います。勿論、これらが現在の高血圧治療の主流であることは間違いありません。では“高血圧を手術で治せる”と聞くと、皆さんどう思われますか?きっと色々な反応があると思います。
例えば“血圧が高くても何も感じないから、百歩譲っても薬を飲むことで充分なので、身体を傷つけてまで治す必要はない!”と思う方もおられると思いますし、逆に“一生薬を飲まなくてよくなるのなら手術でパッと治してしまいたい!”と思う方もおられると思います。また,“先々回(2013年01・02月号)の高血圧ワクチンの話と同じでまだ少し先の話なのだろう!”と思う方など…様々だと思います。でも, “高血圧を手術で治す”ということは、ある特定のタイプの高血圧の方には、実はもう既に随分前から全国的に行われており保険(適応)も通っている”と聞くと、驚かれる方は少なくないのではないでしょうか。
 
 通常の高血圧症は、特発性高血圧とよばれ、人間の血圧を規定する因子(塩分の感受性, 体液(血液)量、血管の収縮・硬さ、RA系(2013年01・02月号を参照)、交感神経系(自律神経の1つ))の亢進が特定の原因なしに複合的に存在して生じるものですが、これとは違って, 明らかに別の特定の原因がある高血圧があり、これを二次性高血圧と呼びます。
言い換えれば、特定の原因を取り除けば治る高血圧と言うことができ、その中に手術で治せる高血圧があるのです。代表的なものについて書きますと, 例えば, 人間に2つある腎臓の上に副腎という臓器が各々1つずつあり、ここからはカテコラミン,アルドステロンなど血圧を上げるホルモンが分泌されています。そしてこの
副腎に腫瘍ができると、その腫瘍からこれらのホルモンが過剰に分泌されて高血圧を生じることがあります。カテコラミンを過剰分泌するものは褐色細胞腫と呼ばれ、副腎以外にも腫瘍が存することもあり悪性のこともありますが、頻度は全高血圧の0.1%程度とそれほど多くありません。しかしアルドステロンを過剰に分泌するものは原発性アルドステロン症と呼ばれ、こちらは良性の副腎腺腫が原因なのですが、頻度は病院を受診する高血圧患者さんの10%(10人に1人)前後とされ、決して稀ではないことがわかってきました。いずれの場合にも、特に片側の副腎腫瘍が原因の場合には手術の適応となることが多く、最近では腹腔鏡を使った身体への負担の少ない手術法が進歩したため、手術例の約80%はこの腹腔鏡による腹腔鏡下副腎摘出術であるとされます。他、手術的な治療が可能な二次性高血圧として代表的なものに腎血管性高血圧があり全高血圧の1%(100人に1人)程度存在します。これは、腎臓に流れ込む動脈(腎動脈)が狭くなると、腎臓自身は自分への血流が不足するのを防ぐためにレニンというホルモンを分泌して血圧を上げ、圧力により自分が血流をよく得られるよう仕向けるのですが、その結果、腎臓への血流は保たれても身体全体の血圧は上昇してしまう状態です。腎動脈が狭くなる原因は、若年者では血管の繊維筋の肥厚、中高年以降では動脈硬化が多いのですが、このような場合、昨今進歩の著しい血管内治療(カテーテル治療)により、心筋梗塞や狭心症の治療で冠動脈に行うのと同様(2012年03・04月号を参照)、腎動脈の狭い部分を風船のついたカテーテルで広げたり、ステントというトンネル状の金網を留置し広げたままにして血流を回復させる治療が行われることがあります。従って、二次性高血圧の場合には、上記の様な負担の少ない手術的治療により特定の原因を取り払うことで血圧を正常に戻せる場合があるのです。
 
 では、特定の原因のない特発性高血圧の人にとっては、手術的な治療は全く縁のないものなのでしょうか?実は“腎交感神経焼灼術”という方法があり実用段階まで来ています。まだ保険適応はありませんが, 高周波で組織を焼くことができるチップを尖端に付けたカテーテルで、血圧の規定因子の一つである腎動脈の周囲の交感神経を血管の内側から焼いてしまうことにより血圧を下げるというものです。これは不整脈治療において既に20年も培われてきた手法を応用したものなので、道具も技術も洗練されており、しかも血管を介しての治療なので身体への負担も少なく比較的安全に可能とされています。最近の報告では、最低でも術後1 年間は充分な降圧効果が得られることがわかっています。ただしこの治療は、余分な原因をとったり、本来の状況に戻すような二次性高血圧の手術的治療とは違い、極端に言えば交感神経という本来的な機能を破壊するという意味では、比較的簡単であるが故に安易に施行して後々本当に大丈夫か等の懸念もあるのですが、今まで血圧の薬をいっぱい飲んでも血圧下がらなかった人が、薬がいらなくなるくらいの力を秘めており、重症・難治性の高血圧患者さんにおいては、有効な治療選択肢の一つとなるでしょう。