JunJun先生の第16回 Jun環器講座 長寿の秘訣?④ ~高血圧治療に纏わるエトセトラ(その6)~船戸クリニック 循環器内科 中川 順市
前回、長寿の秘訣の一つとして、“太っていることが良くない”ということを書きました。ならば 逆に“痩せれば痩せるほど良い”あるいは“どんなことをしても痩せることは良い”と言えるのでしょうか。 ① 2009年に“サイエンス”という有名な学術雑誌から興味深い論文がでました。その内容を簡単に言えば、“カロリー制限をすると長寿となる可能性がある”というものです。サル(アカゲザル)において、「カロリーを標準の70%に制限した群」と「食べるだけ食べさせた群」を25~26年の長期にわたり比較(人間でいえば85~90歳まで)したデータなのですが、「カロリー制限群」では“見た目が若々しく、長寿であり、心臓病が少ない”が「食べるだけ食べさせた群」では“見た目は老け顔で抜け毛が目立ち、短命であり、心臓病も多い”という結果でした。 それまで、虫や小動物ではこのようなデータはありましたが、人間と同じ霊長類の長期に亘る観察でこのような結果が得られたことで、“カロリー制限すれば質の良い長生きができる”と当時話題となりました。 しかし、その興奮もさめやらぬ2012年、これもまた有名な学術雑誌“ネイチャー”に良く似た内容の論文が掲載されました。これも25年以上かけて、サルに対し「カロリー制限した群」と「そうでない群」を比較した研究だったのですが、なんとこちらの研究では、二つの群の間に全く差が認められなかったのです。ではどうしてこのように違う結果となってしまったのでしょうか。 どうやら各々の研究における「カロリー制限をしなかった群」について、先に出た“サイエンス”の論文の研究では、 “糖質の割合の多い飼料をいつでも好きなだけ食べられる”ようになっていたのに対し、後の“ネイチャー”の論文の研究では“カロリー制限はしなかったが、その内容は標準的なカロリーであった”という違いがあったことがわかり、結局このことが結果の差に反映したのではないかということになりました。 ② 以前、“肥満によって肥大化した内臓脂肪細胞から分泌されるアディポサイトカインという物質が、糖尿病、高血圧症、脂質異常症の発症を惹起することにより、肥満が日本人の死亡原因の上位3つである癌、心臓疾患、脳卒中のすべてに原因として関与する可能性がある”ことを書きました。しかし、実はこのアディポサイトカインには、悪玉(悪者)と善玉(良い者)があります。肥大化した脂肪細胞から出るアディポサイトカインは上記疾病の発症に関与し文字通り悪玉なのですが、善玉のアディポサイトカインは標準サイズの内臓脂肪細胞から多く分泌され、アディポネクチンと呼ばれます。そして、これは逆に上記疾患の発症を予防すると同時に発症した場合の被害も最小限に抑えてくれることが解っています。例えば、アディポネクチンには血管を拡張させ、長生きの指標である血圧を塩分に関係なく直接制御する効果があります。また、遺伝子操作によりアディポネクチンを出なくしたネズミは、高カロリーの餌を食べると簡単に動脈硬化や糖尿病となり、それが心筋梗塞を起こすと梗塞(障害)の範囲が有意に大きいことが解っています。そして逆に心筋梗塞を起こしたネズミやブタにアディポネクチン蛋白を投与すると心臓の動きが良くなり梗塞の範囲が小さくなることも解っています。人間においてもアディポネクチン濃度の高い人は、心筋梗塞のカテーテル治療後の梗塞範囲が小さくて済むことが解っています。これらから、どうやら“アディポネクチンが体内で多いことが質の良い長生きに繋がる可能性がある”ことが推測されますが、実際、元気で長生きのお年寄りの採血をするとこのアディポネクチンが有意に多いことが知られており、別名“長寿ホルモン”とも呼ばれているのです。 以上①②から言えることは、“質の良い長生きのために痩せることは良いが、極端なカロリー制限は必ずしも必要なく、標準的なカロリー摂取により適度に痩せていることで良いのではないか”ということ、そしてあくまで“アディポネクチンが増えるような痩せ方が大切である”ということです。例えば、糖尿病の悪化、癌の進行など病気の影響で痩せてくる場合には長寿どころか逆の結果となってしまいますし、また美容外科で行うような脂肪吸引手術も見た目は確かに痩せますが、取れるのはあくまで皮下脂肪のみであり内臓脂肪の働きには全く関係ありません。さらに、実は、アディポネクチンは、糖尿病、高血圧、癌、肥満の人では少なく、運動により痩せて内臓脂肪が標準サイズになると増えてくることも解っており、また大豆、玄米、全粒粉の小麦、魚油を摂取すると増えることも解っています。 従って、長寿の秘訣として、とにかく何をしても痩せていれば良いということではなく“アディポネクチンが増えるよう質や量に配慮した適度な食事療法と運動療法により適切な血圧、血糖、脂質そして標準体型(標準内臓脂肪サイズ)を維持すること”が大切と言えるでしょう。 |