コラム

JunJun先生の第17回 Jun環器講座

長寿の秘訣?⑤ ~高血圧治療に纏わるエトセトラ(その7)~
船戸クリニック 循環器内科 中川 順市

 先回までの2回は、長寿の秘訣を紹介するなかで、“痩せていること、太っていることの功罪”、そして“痩せる方法における良否”について書いてきました。簡単にまとめますと、「太っていることは良くないが、痩せすぎも良いとは言えず、適度に痩せているのがよい。そのためには極端なカロリー制限は必ずしも必要なく、長寿ホルモンと呼ばれるアディポネクチンが増えるような痩せ方が大切で、その為には、内臓脂肪が標準サイズになるような運動とアディポネクチンが増えるような質と量に配慮した食事療法が大切」という結論でした。

 このように書きましたところ、先日、ある方から、冗談交じりに、①「結局、“食事を制限して運動する”という至極当たり前のことを言っているのですね。でも多忙でストレスの多い中それが簡単にできるならとっくにやっていますよ」とか、②「自分好みの美味しいものを犠牲にすることなく長寿のため手軽にアディポネクチンを増やしたり、痩せたりできる方法があったらいいですね」といったご意見を頂きました。
 その時は、私は、①については「その至極当たり前のことか本来大切であることは間違いないですよ」、そして②のような、「楽をして都合のよいことはなかなか難しく、理想の域を越えないと思います」という旨をその方に伝えました。

 しかし、よく考えてみると、現在、アディポネクチンを測定する方法は既に確立しており、まだ保険適応はありませんが健診レベルでは可能です。従って、例えば、アディポネクチンを測定して低ければ「あなたはアディポネクチンが少ないので、今のままでは早死にしますよ」と数値で示されれば、①のような方でもそんなことは言っておられず、少なくともそれまでよりはその至極当たり前のこと真剣に取り組むかもしれませんね(笑)。
 
 そして、更に、②のような理想に近づくための方法も、実は、現段階において全くの夢物語ではないのです。
例えばアディポネクチン薬として直接体内に摂り入れることができればその理想にかなり近づける可能性はあります。今のところとして安定したものを人工的に作ることは難しいのですが、その為の研究は続けられており、近い将来実現するかもしれません。また、アディポネクチン測定することは既にできるのですから、それを指標にすることで、アディポネクチンそのものでなくても、間接的にアディポネクチンを増やす働きのある食品薬剤に関する研究も加速することでしょう。実を言えば、もう既に現在広く処方されている高血圧・糖尿病・脂質異常症の治療薬の中に、アディポネクチンの分泌を増やす効果のある薬剤はいくつかあるのです。

 また、しばしば「私は(A)少し食べるだけですぐ太ってしまう体質です」「あの人は(B)たくさん食べるのに全然太らない羨ましい体質ですね」という声を聞きますが、この体質の差について興味深いデータがあります。

 先日あるテレビ番組で放映されたのでご存知の方も多いと思いますが、食後に食べ物の刺激を受け小腸から分泌されるGLP-1というホルモンがあります。これは脳に働いて食欲を抑える作用胃の内容物が排出されるのを遅らせる作用を持つことで体重減少に寄与することから俗に“痩せるホルモン”とよばれています。
 そして(A)の体質の人はこのGLP-1の食後の分泌量が少なく、(B)の体質の人は(A)の何倍も多いことが解っています。テレビ番組では食物繊維魚の脂(EPA)の摂取が小腸に刺激を与えることでこのGLP-1分泌を増やすことが示され、EPAを多く含むサバをたくさん食べる地方の人に痩せている人が多いことが紹介されました。
 そしてこのGLP-1血糖値に応じて膵臓からインスリンを分泌させる働きもあることから、既にGLP-1そのものの注射薬、及びGLP-1を壊されにくくする飲み薬糖尿病の治療薬として病院や診療所処方されています
 魚の脂の成分であるEPAやDHA/EPAの混合製剤はサプリメントとして既に巷で多く販売されていますが、病院や診療所でも、信頼できる製薬メーカー高純度高用量保険適応のあるものが、中性脂肪の高い人に対して処方されています。

 今現在健康な方が健康を維持し疾病を予防しながら長寿を目指す為には、先回と今回紹介したアディポネクチンやGLP-1を増やすような食事・運動療法が薬よりも優先であると考えます。
 ただ、患者さんとして医療機関を訪れる方は、なおのこと病気の不安を乗り越え、逆に病気を糧とし上手に付き合いながら長生きしたいと強く願っていると思います。もしそのような方が高血圧・糖尿病・脂質異常に対してどうせ薬を飲むのであれば、「血圧・血糖値・中性脂肪を下げる作用と同時にアディポネクチンやGLP‐1を増やす効果を合わせもった薬についてかかりつけ医と相談しながら積極的に選択していく」ということも長寿の秘訣の一つではないかと思うのです。