コラム

確かめるべき事(2)

春原啓一
衝突の瞬間の記憶は未だに鮮明だ。黄色から赤に変わる信号。交差点に滑り込んで迫ってくる黒いクラウン。驚きながらなす術のない惚けた女性ドライバーの表情。鈍い打撲音。宙を舞うからだが切る風の音。その後方で散らかる金属音。

僕は十メートルあまり空中遊泳の後、交差点の角の肉屋に頭から飛び込んだ。額からのおびただしい出血。しかし、それよりもそれまでに経験したことのない下半身の異常な感覚が、ただならぬ事態を容易に理解させた。僕の下半身は、知覚神経の受容しうる閾値をはるかに越えた、強烈な信号入力のため通常の感覚を失ってしまったのだ。
全ての感覚がバリバリと音を立てて、火花を散らせていた。

驚愕の叫びをあげながら、僕はその原因を探ろうと下半身に目をやった。そこには、買ったばかりの靴を履いたままの右の下腿が、靴の底を僕に見せるようにして転がっていた。糸の切れたマリオネットのような、情けなく滑稽な姿だった。

僕はもう一度、驚愕の叫びをあげ、思わず、わずかに僕とつながっている下腿に右手を伸ばし、それを持ち上げ、本来それがあるであろうはずの場所に置き直した。無機質の鉱物のような、冷たい陶器のような、感覚を持たないその物体は、到底僕のものとは思われなかった。

客観的な重量だけがずっしりと感じられた。正しい場所にそれを置き直しても、もはやそこには僕の意志が及ぶことはなかった。僕が自分の一部として信じて疑わなかった僕の下腿は、実は僕とは無関係の単なる構造物であった。このような構造物の集合が僕なのかと思った。それまで、僕が僕だと信じて疑わないでいた僕。僕の手、僕の足、僕の身体、僕の顔、目、鼻、口、それらのどこにも、僕が存在しないことを、その時、僕ははっきりと確認した。