コラム

確かめるべき事(8)

春原啓一
「お前・・もう秋だぜ・・」。予備校の友人は、僕のあまりの不勉強にあきれてこう言い放った。その言葉にはもはや哀れみすら含まれていた。高校もきちんと通わないでいた上に、卒業後も放浪していた僕は、その秋になって初めて受験に向き合ったのだ。何から手をつけていいか全く見当がつかなかった。東京に帰ってすぐに京都のナオミから手紙が届いたが、封を開くことなくただ時が過ぎた。「もう秋・・」という言葉の響きは、いまだに絶対的な絶望感を僕に抱かせる。

結局その年、僕は受験した全ての大学に落ちた。合格発表の会場の出口で、僕のみすぼらしい表情に敏感に反応した人たちが、パンフレットを差し出しながら声をかけてくる。「早稲田予備校でーす。」、「劇団山城組には入学試験はありませーん。」それらを振り切るように、部屋に戻り、これからのことをぼんやり考えていた時、ふとナオミの手紙を思い出した。積み上げた本の隙間から取り出した手紙に、とても懐かしい優しさを感じて、僕はあわてて封を切った。

「みじめ、お元気ですか?」と手紙は始まっていた。そうだ、ナオミは京都で、僕をみじめって呼んでいたんだ。

「みじめ、お元気ですか?みじめが東京に帰って一ヶ月になりますが、いかがお過ごしでしょう。今頃、来年の受験に向けて一生懸命勉強に励んでおられることと思います。そんな忙しいときに手紙を出すのは、良くないとも思いましたけれど、どうしても一刻もはやく伝えておかなければ、という気持ちで手紙を書きました。
はっきりいいますね。みじめ、私はあなたに返ってきて欲しいと思っています。私たちと一緒に本当の人間の幸福について考えて、行動して欲しいのです。みじめは、「医者になって誰かのために働きたい」って言っていたけれど、お医者さんは、身体とかこころを、その「場」ででしかとらえていないと思います。私たちの考えでは、身体やこころは私たちにまとわりついた暗闇の部分。神様の光に照らされて初めて、身体は意味を持ち、こころは自由になるのです。お医者様は暗闇の中で探し物をするように、身体やこころの治療をしているだけ。その場しのぎをしているだけなの。患者さんのために働くことと、いのちのために働くことは、似ているけど違う。いつも光を感じて、光とつながっていれば、一見誰の役に立てない様に見えても、輝くことができるわ。周りを照らすことだってできる。いつか、みじめに、みじめな気持ちたくさん知っている方が神様に近づけるよって話したことあったでしょう?それはそういう意味。お医者さんになって誰かのために働くというのは、ちょうどその逆だと思います。誰かのために働いて、感謝されて、尊敬されて、やりがいを持って人生を生きることで、きっとあなたの自我はとっても大きく成長すると思う。そして、その自我は、あなたに神様の光を届くのを邪魔するの。
みじめ、いのちは続くのよ。身体やこころは一瞬のまたたきよ。みじめ、あなたはなぜ自分が人間に生まれたのか、考えたことある?一瞬のまたたきに惑わされないで。
みじめ、帰ってきて下さい。それが私の願いです。」

手紙を読み終わって、なぜか、どきどきした。よく分からないことも多かったけれど、とても大切なことを伝えられたように感じた。と、同時に見てはいけないものを見せられたようにも感じた。

僕はあわてて手紙を閉じて、机の奥にしまい込んだ。二度と見るまいとなぜか思った。