2025.11.01

「がんには言い分がある」 ~がんもまんざら悪くない~

船戸 崇史

 今回の通信は過日クリピュアの「統合医療でがんに克つ」という雑誌の投稿内容です。この雑誌はがんの統合医療について最先端の情報から随筆までその専門家から楽しく分かりやすく掲載されており、一般の人から医師まで広く愛読されています。今回の雑誌のテーマは「治すから寄り添うへ ~がんになった医師が気づいたこと」という企画で、光栄にも投稿依頼を受けました。そこに書かせていただきました内容は、医師目線と患者目線の違いという意味で、皆様にも共有させていただこうと思い、今回の通信といたしました。勿論、この内容は私の個人的体験からの気づきですから、がん体験された医師がこうだとは申しませんが、間違いなくがん体験後は「人間力が上がっている」と勝手に思っております。それががんの意味ですから。そう思ってご笑読いただけましたら甚幸です。

はじめに
 消化器外科医の私は48歳で左腎臓がんになりました。その結果私の人生は大きく変わりました。どう変わったのか?それは「がん」との付き合い方でした。それまではがんは「敵」であり、いかにきれいに切除するかという「消す」対象でした。まさに西洋医学のがん治療のスタンスは「殺(や)られる前に殺(や)れ」だったからです。しかし私自身のがん体験では、がんには「言い分」がある事が分かりました。がんは一言も「死ね」とは言っていなかったのです。がんは私にただ「変わりなさい」とだけ言っていたのです。ただ「今のままの生き方では死ぬよ」とも言っていましたが。これは私にとって大きな気づきでした。同時に大きく生き方を変えることになったのです。こうして私は一人称のがん体験から、がんは「敵」から「鏡」または「メッセンジャー」に変わったのです。それまでの私のがんへの認識はこうして全く変わっていきました。「がんを知る」と「がんになる」との間にこれほど大きな違いがあるとは思いませんでした。
 がん体験者の私はどう変わったかについて、まとめてみました。(図1)


図1 がんになって変わったこと

1)「がんの言い分」を聴くようになった
 私の場合、48歳ではじめて行った健診での事です。健診医も初対面でしたが私と同じ年の外科医でした。「船戸さんも医者なので話は早いですね」というのが最初の挨拶でした。「はい」と言いながら心の中では「何もないのだから早いに決まっている」と思いました。その先生は今行った私の腹部CT画像を出して、「先生ね、左の腎臓に腫瘍がありますね。RCC(Renal Cell Carcinoma腎細胞がん)だと思います。淡明細胞がんでしょう。まあ6cmですが、肝臓にも転移なさそうですから、オペできそうなんで今すぐ紹介状を書きますから、ちょっとお待ちください」約1分くらい?確かに早い。これが私の告知でした。勿論受け入れられず、画像の名前を何度も確認しましたが、私の名前でした。まずは紹介状だけは待ってもらい画像を
いただき当院の泌尿器科の医師に診てもらう事にしたのです。クリニックへ戻り泌尿器科専門医ですから期待を込めて確認しました。「あの先生、この画像は私の友人ですが、腎がんと言われたと言うんですが、本当にそうですか?」その先生は診て瞬時でした。「ああ、こりゃRCC、腎がんだわ。まあ転移なさそうだし、すぐオペだね」と同じ診断、こちらの方がさらに早い。「そうなんですか・・やっぱりがんですか・・実はこの画像は僕なんですよ・・」「ええ??」これでやっと自分事と思えるようになりました。その先生からは「・・大丈夫だよ!6cmでもこれは取ってお終いの簡単なやつさ・・」とフォローしてくれますが、やはり私にはショックが大きかったですね。外科医なら術前ステージ1が開腹するとステージ4という体験はしばしばありましたから。どれだけ大丈夫と言われても、がんという診断名は一度は「死」が頭によぎります。死にたくない・・私も外科医としてどれほど沢山のがん告知をしてきたでしょう。「がんは死ではない」なんてどの口が言ってきたのか?と思うほど動揺しました。心の中でも「なぜがんになったんだ?何が悪かったのか?どうして自分に?一体どうしろと言うんだ?死ぬのか?」と思いは逡巡しました。ひとえに死にたくないからでした。しばらくこの渦中にありましたが、同時に手術準備も進み、いよいよ手術へ進みました。術後に摘出した腎臓がんを見せてもらいました。正直に言うと、この時初めて「やっぱりがんだったんだ」と納得しましたが、腎臓に「悪かったね」と涙ながらに謝るとがんは私に「身体に思いやりを」と言われた様に感じました。「もう二度と過ちは犯さない」と誓いました。
 ここまで私自身の体験に紙面を割きましたが、これこそ私が「がんに言い分がある」と思うに至った物語だからです。
 以来私はがん患者さんと対峙する時、「この人のがんはこの人に何が言いたいのだろう?」とその人のがんの言い分を聴くようにしています。

2)「患者さん」が「がん友」へ変わった
 現在も医師と患者の関係性は上下の関係になりがちですが、ここは注意が必要です。そもそもがんは悪者であり、それを外(医者、薬)に治してもらおうとする姿勢に問題があります。それが上下関係を生んでいると言えますね。
 しかし医師ががんを体験すると、思いのほかがん患者は嬉しそうです。
 以前勤務医時代に患者さんから「先生ね、患者の気持ちはがんにならないと分からないから」と何度かたしなめられたことがありました。何故か全て女性で乳がん患者さんでした。これは私の話し方や進め方が高慢で患者さんと伴走していないという言葉です。しかし、私自身が腎がんとなり手術も受けたとがん患者さんに告げると「じゃあ、私の気持ち分かってくれますね」と言われます。正直言って分かりません。しかし「死線は見ました」と話すと「そうですよね」と嬉しそうなんですね。ですから医師と患者を超えて、がん患者同士という連帯感的な感情が生まれるのかもしれません。それもどちらかと言うと患者さんが医師を友達にしてくれる感覚なんですね。その分、腹を割った話が出来ます。ですから、私も友達感覚とは言え慎重さと正確さは気をつけながら正直にできるだけ心を込めて話すようになりました。
 「同病相哀れむ」という言葉があります。出典は中国唐代の詩人白居易(はっきょい)の詩「放言五首」です。原文は「同病相憐れむは、病を知るが故なり」であり、「相手の痛みを自分の痛みとして感じる」という意味です。
 本来医療者のもとには痛みを持つ人しか来ません。ならば、医療者が極力沢山の痛みを体験していたとしたら頼られる医療者になるでしょう。満身創痍の(失敗・挫折・病気・困苦を経験した)医療者こそ、最高の癒し手という事ですね。

3)私自身がますます「わがまま」になれた
 がんの言い分は「変わりなさい」です。そもそもがんになりやすい人の性格があります。私は3Gと言っていますが、我慢して頑張る頑固者です。そのため、私は5つの生活習慣(①睡眠②食事③運動④加温⑤笑い)を抽出しこの3Gによって何がどの程度いびつになっているかを外来で聴き出しています。つまり①睡眠不足となり②食事がぞんざいで③運動せず④体を冷やすことが多く、ストレスで⑤笑う事のない生活ですね。勿論遺伝や年齢の要因もありますが、かたよった5か条の習慣化により免疫系にダメ―ジがあり、遺伝子変異を加速しついにはがんが発生すると考えられています。つまりまずは3Gからの解放で、我慢せず頑張らずに生きる事が重要です。
 あるとき、私自身も「自分はもう大丈夫だな、きっと再発しない」と確信に近い思いを持つ出来事がありました。それは妻との辛辣な?会話からでした。
 妻:「あなた頑固だと思っていたけど、手術してからますます頑固になったね」
 私:「え?そう思う?・・実はね、僕はもともと凄く頑固なんだよ。それをがんの前はあれでも我慢してたんだ。でもね、もう我慢するのを止めたんだよ」
 妻の言葉はそれを実証するものでした。端から見てもそう思えるということは、実際的に「変わった」=「がんの言い分を聴けている」証拠ではないでしょうか。図らずも妻の言葉から、私のがんの言い分である「体に思いやりを」=「我慢しない」生き方が証明されたと思っています。
 がんに限らず、言い分がないのに登場する事はありませんから。

4)感謝の気持ちや言葉が増え、涙もろくなった
 そして、一人称のがん体験以来、なぜか目の前の患者さんやご家族が本当に良く頑張っている姿に感動するようになりました。ご本人や家族の話が他人事に思えない。まさに先の「同病相哀れむ」です。すると私の生活にも変化が出てきました。自ずと感謝の言葉が増え、涙もろくなってよく泣くようになったんですね。ここで気がついたのは、「私は医者である前に人でありたい」と願っていたのではないか?でした。高慢な医者が人間の医者になれた瞬間だったと思っています。私にとってそう思わせてくれたのがまさに「がん」だったんですね。がんは人としての共感力も引き出してくれていたのではないでしょうか?私は、これこそ「がんの意味」であり、「がんの言い分」ではないか?とまで思うようになったのです。
 ですから、今では特に医療者には「がんのすすめ」をしています。間違いなく人間力が上がると思うからです。

5)そして私は「リボーン洞戸」を作った
 私は還暦を迎えるにあたって外科医として何か集大成をなすべきかを考えていました。人はがんで治らなければ死に至ります。しかし治ってもいずれ死にます。死は生あるものの宿命です。あるのは順番だけです。できることは「生きている今を自分らしく楽しく生ききる」以外にないと思うようになりました。今に尽くす。イマジン(imagine:ジョンレノンの歌に繋がっていたんですね。和訳「♪想像してごらん、天国なんて無いんだと、ほら、簡単でしょう~~いつかあなたもみんな仲間になってきっと世界はひとつになるんだ♫」)。この生ききることにきっとゴールはありません。人は最期の瞬間まで進化します。そのためには希望が必要です。がんが治らなければお終いだと思い希望を失っている人は多いです。必要なのは希望なんですね。こうしたことは開業して30年2000人以上を看取らせていただいた患者さんから教えてもらいました。
 まずがんの言い分を聴き、自らの生き方を転換する。本来で本当の自分に甦る。そうい
う考え方や実践施設が必要ではないか?と考えました。ですから私は「がんが消えていく生き方」*1という本を書き、がん予防滞在型リトリート「リボーン洞戸」*2を作ったのです。それを本気にさせてくれたのが、私のがん体験だったと言えます。間違いなく私ががん体験をしなかったらこれらは存在しなかったでしょう。
 「がんもまんざら悪くない」です。

*1:「がんが消えていく生き方」船戸崇史著 ユサブル
*2:https://www.reborn-h.jp/

おわりに
 早いものでこの1年も終わろうとしています。世界は末法と言いますが、古(いにしえ)の日本の歴史書にもいつも「世は末法となれり・・」と表現されており、これは「だから新たな扉を開ける、新時代を求める・・」という願いの強さとも読めますね。だから、時代は進化してきたと言えるのかもしれません。しかしあまりに大勢の無実の魂が亡くなっていく(殺戮される)現実は本当に辛すぎます。今、目の前のお一人に寄り添って何の意味があるのか?と無性に切なくなるほどの現実。しかし、だからこそ、きっと今、目の前の命に寄り添い、それを救いたいという願いがより純度が上がるのだとも思っています。きっと双方の正義と欲の戦いと言えるのでしょうが、自分の心の中にもこうした部分があると認識し、これは政治の問題と切り離さず、節制した生き方をしたいですね。だからこそ、今自分に何ができるのかをしっかり今の立ち位置を確認して、自分の願いを洗練させて、臨みたい(法位法住)と願っています。
 「すべてはうまくいっている」といつか笑って心から言える日が来ますように。
 クリニックは新しい展開を考えていますから、来年もよろしくお願いします。

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