「あなたは元気があるのか」と問われたら、
「わたしは元気が落ちてきました」もっと言えば、
「わたしは元気が減ってきたと自覚しています」と答える。
元気は、元の気、生まれ持っている力の源だ。この力があって、自分たちはこの世に生まれてくる。この元の気は、皆が等しく、同じく、同じ量を持っているわけではない。多い人もいれば、少ない人もいる。多い子はスクスク育ち、少ない子はヨタヨタと大きくなる。
そうだ、人は生まれもって不平等なのだ、と分かる。
この元の気を増やすのは、なかなかにして厄介だ。難しい仕組みとなっている。なので、神様は生まれた後にくっつける手段を人に下さった。
それは呼吸と食事だ。この二つが生きていくエネルギーの原料となる。
証明ができるかって?それは簡単だ。
4分間、呼吸を止めればエネルギーがなくなって死ぬ。
4日間、水と食事を止めても死ぬ。
いかに、この二つの動作が大切かが分かる。エネルギーの原料、呼吸と食事を身体に入れ、寝ている間に自分のエネルギーを創り出す。だから、少食の人は少ない睡眠だし、多く食べる人はたくさんの睡眠が必要となってくるのでよく眠る。
創り出したエネルギーをぐるっと身体に回すのに関わるのが、感情と運動だ。
だから心の持ち方も大切だし、自分に合った運動も必要だ。
が、なんといっても呼吸と食事が最重要だが、土台、根っこは、元の気だ。
根っこが弱い植物は元気がない。元の気が減れば、物質である身体は衰えていく。病気、老化、そして死を迎える。
元の気を増やすことは難しい。
元気であろうとすれば、深い呼吸をし、自分に合った食事を適量いただき、日の光を浴び、土を触り、水を飲み、運動をする。そしてあんまり考えない自分とする。これは自分の思う、最上等のあり方だ、と欲の中で考えているのだ。
結局、考えないことの難しさに、いつも直面して生きている。
不平等で生まれ、平等であるという教育を受け、矛盾の世の中を生きてきた。
元の気が減ってきている自分は、今、死を見つめている。
西洋医学では呼吸停止→心停止→脳死。物質の肉体の機能停止をもって死、となる。
伝統医学では、死とは精(元の気)が付き、気(エネルギー)が散じ、神が帰る(抜ける)こととある。
西洋医学では、死はなくなる(見えるものだけ)。
(見えないものを最上位におく)伝統医学では、死は帰還、天に還る、地に還る、という世界観を持つ。
わたしは、この伝統医学の世界に身を置いている。この世界にいるありがたさを思っている。
飽きることはない。